手が激しく震えているせいで、上手くボタンが押せない。 (早く……早く…) 何度もやり直した挙げ句ようやく繋がった携帯を耳に押しあてながら、なまえは一瞬たりとも鉄製の扉から目を離さなかった。 この部屋の唯一の出入口であるその扉は、向こう側から繰り返しガンガンと何かがぶつかる音とともに、不穏に振動している。 あまりの勢いに、扉にかけられた閂(かんぬき)が今にも外れそうになったので、なまえは慌てて携帯を持っていないほうの手で閂を押さえた。 見た目はかなり頑丈そうに見えるものの、所詮は廃墟。 年月のせいで確実に留め金は劣化しているはずだ。 そう長くはもたないだろう。 『───はい。赤屍です』 呼び出し音が途切れ、待ちわびていた声が耳元に響いた途端、なまえは叫んでいた。 「赤屍さんっ!た、助けてッ!!」 『どうしました? 何かあったのですか?』 こちらの緊迫した様子が伝わったのか、赤屍の声音も自然と低く心配そうなものに変わる。 「わた、わたしっ…とも…病院…友達と、病院に……」 『落ち着いて。混乱しているようですから、とにかくまずは今居る場所を教えて下さい。直ぐにそちらに行きます』 携帯のディスプレイに光るアンテナのアイコンは一つだけ。 しかも消えたりついたりしていて、今にも圏外になってしまいそうだった。 なまえは震える声で赤屍に居場所を告げる。 「ひ…比良坂病院です。は、廃墟の……T県にある、山の中…こ、国道から──」 ──プツッ。 詳しく説明しようとした矢先、唐突に通話が途切れた。 見れば、アンテナは全て消えていて、ついに圏外になってしまっている。 何とかもう一度繋がらないかと、かけ直そうしてみようとした途端、どおん!と一際激しい衝突音がして、鉄製の扉の合わせ目が歪んだ。 扉の隙間から覗く暗闇の中に浮かぶ、蒼白い顔── 乱れた黒髪。 死んだ魚のように白く濁った二つの目。 腐りかけた肌。 黒ずんで肥大した唇が捲れあがり、顎が裂けんばかりに大口を開いたその顔の首から下は千切れて無くなってしまっている。 ギザギザの切り口には黒く固まった血がこびりついていた。 もう一度、大きく口を開いた生首が扉にぶつかる。 廃墟となっていた病棟に、恐怖に満ちたなまえの叫び声が響き渡った。 |