僕の名前はジロウ。
山に囲まれた小さな町に、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと一緒に住んでいる。
お兄ちゃんがイチロウだから、弟の僕はジロウなんだって。

前はなまえお姉ちゃんもいたんだけど、今は家を出て、都会の大学に行きながら喫茶店でアルバイトをしている。
時々帰ってきて僕と遊んでくれるけど、やっぱり少し寂しい。

「ジロウ、皆をお願いね」

久しぶりに遊びに来ていたなまえお姉ちゃんは、一人暮らしの家に戻るとき、そう言って僕の頭を撫でた。
最近この町のあちこちでおかしな事件が起きているから、なまえお姉ちゃんは家族の皆のことが心配なんだ。

任せて!と尻尾を振る僕を見て、お父さんとお母さんは笑った。
お兄ちゃんも、「なんでジロウに頼むんだよ…」と言いながら苦笑いしている。


──でも、僕はなまえお姉ちゃんとの約束を守れなかった。

あいつらがやって来たのは、夏が近づいてきて段々暑い日が増えてきたある日の夜のことだった。



家の周りの森がザワザワと音をたてている。
いつものように自分の小屋で寝ていた僕は、ソレが家に近づいてきたとき、すぐにわかった。

離れていても凄くイヤな匂いがしたからだ。

お兄ちゃんがサッカーの試合で怪我をして帰ってきたときも、ちょっと似た匂いがしていた。
血の匂いだ。

血の匂いは僕も知ってる。
でも、ソレはぜんぜん違った。
全身の毛がぞわぞわして逃げ出したくなるような匂いだった。


ウウウ…、と唸って警戒していると、闇の中にポツポツと赤い光が光っているのが見えた。
僕の視界には“光っているもの”として映ったそれは、目だった。
赤く光る目をした何かが近づいてくる。
人間によく似ているけど人間じゃない。


──こっちに来るな!


僕はすぐに大声を出してそいつらを追い返そうとした。
でも、そいつらは僕を無視して真っ直ぐ家に向かった。
皆が寝ている家に。


窓ガラスが割れる音。

部屋の電気がつき、起きてきたお父さんの叫び声がして、お母さんの悲鳴が聞こえた。


──お父さん!お母さん!


僕も必死で叫んだ。
助けに行こうとしたけど、首輪に繋がった紐が邪魔をして自由に動けない。

僕が紐を引き千切ろうとしていると、家の二階から、バン!ドタン!と物凄い音が響いきて、お兄ちゃんが叫んでいる声が聞こえてきた。

割れた窓の向こうに見える廊下を、お兄ちゃんを担いだソレが歩いていくのが見えた。
あいつらは皆を連れて行くつもりなんだ!


──やめろ!


僕は一生懸命叫んだけど、あいつらは皆を何処かに攫っていってしまった。


僕は一晩中助けを呼び続けたけど、誰もきてくれなかった。
きっと他の家にもあいつらが来て、その家の皆を連れて行ってしまったんだろう。


太陽がゆっくり傾いていく。
もうすぐまた夜がくる。
あいつらもまた来るだろうか。

首輪が食い込んだ場所が痛い。
喉が渇いてお腹も空いていたけれど、それよりも皆を守れなかったことが辛くて悲しかった。

なまえお姉ちゃんと約束したのに……。

くぅんと情けなく鼻を鳴らしたその時、よく知っている足音が近づいてくるのが聞こえた。
この足音は──


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