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その日、ザンザスはヴァリアーの任務でフランスを訪れていた。
芸術の都、花の都などと呼び習わされるパリである。

愚かにもボンゴレに楯突いたドカスを文字通り灰に帰して滞在しているホテルの部屋に戻った彼は、歩きながら携帯電話越しに部下に短く指示を出すと、通話を終えたそれを着ていたコートと一緒に椅子の上に放り投げ、真っ直ぐ浴室に向かった。
まずは熱いシャワー、それから酒だ。

洗面台の上の鏡の前には、一流ホテルらしい諸々のアメニティグッズとともに、南フランス産のオリーブオイルを使った高級石鹸が置かれている。

浴室に入ったザンザスは無造作に石鹸の包装を破ると、両手でそれを泡立てて引き締まった身体に塗りつけた。
そうして、熱い湯で汗と泡を洗い流していく。

上から降り注ぐ湯に鍛え抜かれた肉体をさらし、発達した大胸筋の間を水滴が流れ落ちていくのを感じながら、ザンザスは濡れた黒髪を両手で掻き上げた。

──そうやって前髪を上げてると初めて会った時みたいだね


ふとした拍子に脳裏に蘇った声に、微かに眉根を寄せる。
そういえばもう一ヶ月近く顔を見ていない。

そろそろ会いに行くか、と考えながらシャワーを止め、下だけを履いて浴室を出たところで、携帯の着信を知らせるランプが点滅しているのを見つけた。

携帯を手に取って相手の名前を確認した途端、思わず唇に笑みが浮かぶ。
偶然にしては出来すぎのタイミングだ。

『ザンザス?』

通話ボタンを押して携帯を耳にあてると、さっき頭の中で響いたものよりもずっと甘く愛らしい声が聞こえてきた。
日本にいる真奈の声だ。

『今話しても大丈夫?』

「ああ」

タオルで頭を拭きながらベッドに腰掛ける。
息継ぎ程度の間をおいて、再び真奈の声が届いた。

『あのね、明後日お父さんに呼ばれてイタリアに行くことになったの』

「明後日だと?」

『うん。だから、せっかくだから向こうで会えないかなと思って』

──家光のカスめ、何を企んでやがる……。
ザンザスは顔をしかめた。
あまりにも急すぎて何か裏がありそうな話だ。

「場所は何処だ」

『ボンゴレの本部のお城。9代目に挨拶するんだって言ってた。ディーノさんも来るみたい』

ガサガサと何か紙を触っているような音がした。
メモを確認したのだろう。

14時頃着く予定だと告げる真奈の声を聞きながら、ザンザスは髪を拭いたタオルを肩にかけて素早く考えを巡らせた。

「わかった。ただし、俺と会う約束をしていることは家光には話すな。秘密にしておけ」

『ん?うん』

真奈はザンザスの指示を不思議に思いつつも特に問い返すことなく素直に受け入れた。
少しは疑えよと呆れたものの、やかましく理由を詮索してこられるよりもいいかと直ぐに思い直した。
それがこの女の可愛いところであると同時に心配な部分でもある。

「おい」

『なあに?』

「その辺の男に誘われてもホイホイついてくんじゃねえぞ」

『いかないよ!何で突然そんな話になるの…』



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