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並盛駅近くにある洋菓子店『ラ・ナミモリーヌ』は、並盛ばかりか近隣の都市の中ではかなり人気がある店だ。
雑誌で紹介された事もあり、最近は遠方から訪れる客も増えているのだとか。

スウィーツ専門店だけあって、客の9割は女性。若い女性から主婦層まで幅広く人気を博している。
パッヘルベルのカノンが低く流れる店内は、本日もほぼ満席だった。

入口のガラス戸が開く。

新たに店内に入ってきた客に、店員は「いらっしゃいませ」と声をかけ──そのまま固まった。

黒いジャケットを肩に引っ掛けた長身の男が、遥か高みから見下ろすように赤い双眸で店員を睨み下ろしていた。
立派な体躯といい、その迫力といい、どう見ても堅気の人間には見えない。

男が一歩踏み出すと、ブーツの踵が床を叩いて物騒な音を立てた。
気の弱い人間ならばそれだけで竦み上がっていただろう。

「沢田真奈を呼べ」

男が傲然と命じる。
その声は低く、長年に渡って他人に命令し慣れてきた者特有の威圧感があった。

「ザンザス!」

蒼白になった店員が我を忘れて叫びだす前に、店の奥から一人の少女が小走りに駆け寄って来た。
男の傍らまでやって来て嬉しそうに微笑みかける。

「来てくれたの?」

喜びに溢れた愛らしい声の問いかけに、男はふんと鼻を鳴らしただけで、肯定も否定もしなかった。
それでも少女はにこにこしている。

「えっと、いらっしゃいませ! お客様は一名様ですか?」

「見りゃわかんだろ」

「かしこまりました。こちらにどうぞ」

この状況でマニュアル通りに接客しようとする少女の胆力にも驚いたが、男が素直に少女の後について歩き出したのにも驚いた。

パニエで広がったスカートの裾を揺らしてトコトコ歩いていく小柄な少女の後ろを、ガタイのいいデカい外国人男性がブーツに包まれた長い脚で大股についていくのを、客も店員も呆然と見守った。

『ラ・ナミモリーヌ』の店内は、普通の喫茶店よりも少しスペースに余裕のあるゆったりとした造りになっている。
とはいえ、それはあくまでも日本人の体型に合わせたものだ。

奥まった場所にあるテーブル席に案内された男は、椅子に腰を下ろすなり長い脚をどっかりと組んだのだが、実に窮屈そうに見える。

「急に名前を呼ばれたからびっくりしちゃった」

「名指しで接客させたら指名料が入るんじゃねえのか」

「ううん。ここはお菓子屋さんだからそういう怪しげなシステムはないよ」

キャバクラか!
物陰から成り行きを見守っていたオーナー他店員一同は心の中で激しく突っ込んだ。

しかし、男のほうは本気でそう考えていたわけではないらしく、にこにこしながら正論で返した少女に「だろうな」と笑ってみせた。
その笑顔ときたら、凶悪なくせにやたらと魅力的なものだから、目にした女性客がことごとく顔を赤らめたほどだった。



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