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手負いの獣が一匹、ベッドに寝ている。
いや、正確には、乱れたシーツの上で片胡座をかいている。

うるせぇ!構うな!と大暴れして医者を追い出したザンザスは、その勢いのまま、まだ室内に残っていた唯一の人物をギロリと睨みつけた。

「お前も行け」

他の人間に向けるそれよりは幾分苛烈さが弱まっているものの、充分迫力のある声と目付きだ。
しかし、真奈は怯える事もなく、微笑みさえ浮かべて首を横に振った。

「行かないよ。私はザンザスを看病するから」

「必要ねぇと言っただろうが」

苛立たしげな舌打ちにも怯まず、真奈は乱れたシーツを整え、さくさく看病する為の準備を始めた。
医者を呼んだ時に、ルッスーリアが色々と揃えておいてくれたのだ。
ワゴンに用意されたそれらと、連絡を受けて駆けつけてきた医者を見て、誰がそんな事をしろと言った、余計な真似をするなとザンザスは激昂したのだった。
そして、未だ怒り冷めやらぬ様子で真奈を睨みつけている。

でも真奈はちゃんと解っていた。
彼がこんな風に怒ってみせてまで自分を追い出そうとするのは、風邪がうつってしまうのを心配しているのだという事を。
だから、どんなに怖い顔で睨まれても全然怖くなんてない。

シーツを綺麗に整えた真奈は、ベッドに座るザンザスに背伸びをするようにしてキスをした。

「うつるなら今のでうつっちゃったから、もうここにいてもいいよね」

「…勝手にしろ」

ザンザスはしかめ面で低く唸った。

「はい、横になって」

もう文句も舌打ちも帰って来なかった。
代わりに聞こえてきたのは溜め息だ。
仰向けに寝たザンザスの口からもれたそれは、珍しく疲れたような響きがあった。
態度こそいつも通りの暴君ではあったものの、そこはやはり病人。
呼吸や表情の端々から辛そうな様子が見てとれる。

「熱はからせてね」

返事がないのは肯定と受け取り、耳に差し込むタイプの体温計をそっとザンザスの耳に入れる。
嫌そうな顔はされたが、これくらいは想定の範囲内の反応だ。

すぐにピピッと電子音が鳴って計測は完了した。
予想通り、数値は高熱がある事を示している。
でも、汗が出ていないところを見ると、まだもう少し上がりそうな気がする。

「まだ熱は上がり始めみたい。もう少し高くなると思う」

用意して貰っていた毛布を重ねて掛け、首元まできっちり覆いながら真奈は言った。

「完全に熱が上がりきったら今度は暑くなるはずだから、そうしたらお布団取るね」

完全に熱が上がるまでは寒気がするものだ。
真奈も高熱を出した時にその気持ちの悪い寒さに震えた経験がある。
ザンザスは八年間も氷の中にいたのだ。
いかなる理由があろうとも、もうこの人を凍えさせたくはなかった。



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