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その男とは、北国へ向かう夜行列車の中で出会った。

上野駅を出たときには満室気味だった車内は、しかし、途中でドッと人が降りたために急に閑散とした状態になった。

男が乗車してきたのはそんな時だ。

一瞬、死神が現れたのかと錯覚した。

何故なら、降りて行った人々と入れ替わりにやって来たその男は、スーツの上に黒いロングコートを纏い、幅広の黒い帽子を被るという、およそこれから北国へ赴くとはとても思えない格好をしていたからだ。


「仕事でしてね」


ご旅行ですか、と尋ねたところ、男は仕事だと答えた。
彼とは偶然にも同じブース内の向かい合わせの寝台だったこともあり、自然と会話を交わすようになった。

口が多いというわけでもなく、さりとて無口というわけでもない。
あからさまな好奇心を向けてくることもなく、邪険に扱うこともない。
静かで穏やかな話し方は心地よかった。

「貴女はご旅行ですか」

「はい、そんなところです」

「どちらに行かれるご予定で?」

「特に決めていません」

元より、特に目的地があった旅ではなかった。
北を目指す列車に乗ったのも殆ど衝動的な行動だったと言ってもいい。
ただ、西でも東でも南でもなく、北へ行こうと考えた理由だけは何となく分かっていたが。

「何となく北に行きたくなって……それだけです」

「そうですか」

男はそれ以上聞いて来る事はなかった。

それからは、沈黙の合間にぽつりぽつりと世間話やたわいのない会話を交わしていたのだが、気がつくと、男に誘われるまま列車を降りていた。

雪降る町を並んで歩きながら、男の黒い帽子やコートの肩に舞い落ちる純白の雪を、不思議な気持ちで見つめる。
男はまるで寒さを感じていない様子だった。

男は宿泊する予定だったという旅館の部屋まで案内して来た後、「ここで寛いでいて下さい」と微笑み、暖かい部屋で待っているように言い置いて、一人凍える街へ出掛けて行った。

居心地の良い部屋だ。
きっと良い宿なのだろう。

殆ど呆然とした状態で座っていたが、ふとあることに気がついた。

そういえば、まだお互いに名乗ってもいない。



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