「これは失礼。私は赤屍蔵人と申します」 戻ってきた男は、整った顔に苦笑に近い微笑を浮かべてそう名乗った。 赤屍蔵人、と教えて貰った名を口の中で転がすように繰り返す。 赤屍はくすりと笑った。 それから二人で食事をとった。 昨日から何も食べていなかったから、久しぶりに食べるまともな食事と、酒も入って少し気分がよくなってきたせいだろうか。 つい口が滑ってしまった。 「列車で初めて赤屍さんを見たとき、死神が迎えに来たのかと思ったんです」 「なるほど」 赤屍は喉を低く鳴らして笑った。 宿の浴衣がよく似合っている。 「ですが、あながち間違いではないかもしれませんよ」 「そうなんですか?」 「ええ。人の命を狩り、死の旅路へ運んでいくという意味では、ね…」 ハンガーに掛けて吊るされた赤屍のコートは赤いもので汚れていた。 電気を消した暗闇の中で手を伸ばし、お互いに求めあう。 赤屍の愛撫は、優しく、熱っぽく、まるで蜘蛛の糸に絡めとられていくような感覚だった。 あるいは、奈落の底に落ちていくような。 口を開いて、甘ったるい喘ぎとともに身体の中にこもった熱を吐き出せば、温度の低い柔らかな唇に吐息ごと奪われる。 目覚めると、布団の中で気怠い身体を後ろから抱きしめられていた。 赤屍を起こさないように、そっと身を起こそうとしたのだが、 「何処へ行くつもりです」 抱きしめる腕に力がこもり、耳元で甘い声が囁いた。 「……私、」 「もう目的は果たす必要はないはずですよ。そうする理由がない」 見抜かれていたのだ。 最初から全部知っていたのだろう。 たぶん、あの列車で一人寝台に座っていた私を見たときから、ずっと。 これから私が何をしようとしているのか、彼は気づいていたのだ。 「一度諦めた命ならば、私に下さい」 ぼろ、と涙がこぼれ落ちた。 自分を抱きしめている腕にしがみつき、声を殺して泣き始める。 赤屍に身体の向き変えさせられ、涙が溢れ出て止まらなくなった目の端にちゅ、とキスを落とされた。 「貴女が言ったのでしょう、私は死神だと。それならば、貴女の命は私のものだ」 「…そうですね」 微笑みあい、口付けを交わしてから、身体を寄せ合って目を閉じる。 静かなのは、窓の外で音もなく降り続いている雪のせい。 真っ白な雪に包まれた世界の中で、優しい死神の腕の中だけは別世界のように穏やかな温もりで満ちていた。 |