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赤屍蔵人が子猫を飼い始めて1ヶ月が経った。
それは即ち、聖羅が赤屍の家に通いはじめてから1ヶ月が経ったということでもあった。

何処から漏れたものか、あのDr.ジャッカルが子猫を飼っているという噂はたちまち裏稼業を営む者の間に広がっていったが、その真偽を本人に直接確かめようなどと考える勇者は少なかった。
お陰で、特に何者かに脅かされることもなく、子猫は健やかに育っている。



「それで、卑弥呼ちゃんたら、赤屍さんに子猫を渡すなんて黒豹の檻に放り込むようなものだなんて言うんですよ。だから私言ったんです。『赤屍さんはちゃんと面倒見てるし、子猫もすっかり懐いてますよ』って」

聖羅は赤屍の淹れた紅茶のカップを手に、誇らしげな様子でそう話して聞かせた。

濃過ぎず、薄過ぎず。
淹れたてであることを除いても、彼の紅茶はとても美味しい。
赤屍は珈琲より紅茶派であるらしく、こうして彼の自宅を訪ねて来た時に振る舞われるのは、もっぱら紅茶がメインだった。
勿論、お茶請けの菓子も全て赤屍の手作りである。
意外と器用でマメな男だということも解ってきていた。

「おやおや……そうでしたか。卑弥呼さんがそんな事をね。──ああ、ダメですよ。あなたのおやつはこっちです」

赤屍のすらりと長い足に小さな肉球がついた手をかけ、にゃあと可愛らしく鳴いて菓子をねだる子猫に、彼は猫用のドライフルーツを袋から一切れ取り出してやった。
子猫のために買った離乳食の一つだ。
一口大に小さく千切って口に運んでやれば、子猫は「食べたいのはこれじゃないのに…」と言いたげな眼差しを向けながらも、大人しくモグモグとそれを食べる。
聖羅は甘ったれた子猫の様子を見て、クスクス笑った。

「本当、この姿を卑弥呼ちゃんに見せてあげたいです。赤屍さんが甘やかすから、すっかり甘えん坊さんになっちゃって」

「そんな事はありませんよ。これでも躾は厳しくしましたからね。甘えん坊なのは元からの性格なのでしょう」

この1ヶ月ですっかり赤ちゃんから幼児へと成長した子猫は、赤屍の言う通り生来の甘えん坊らしく、聖羅が訪ねて来ると大喜びで出迎えては、足に擦り寄って抱っこをねだるのだった。
しかし、躾が行き届いているのも確かなようで、トイレやお預けなどもちゃんと出来るお利口さんだ。

「一緒に眠りたがるのだけは、どうにも治らないようですが…」

「それは仕方ないですよ、子猫なんですから」

お腹を見せてゴロゴロ言っている子猫に「ねー」と笑いかける。
すると、赤屍は意味ありげな顔でクス…と小さく笑って見せた。

「おや。寝室に猫を入れて困るのは貴女でしょう。それとも、私達が交わる姿を見せて性教育でもしますか?」

「だだだめっ!それは絶対ダメですっ!!」

「クク…」

こうして、二匹の子猫は、今日もたっぷりと愛情を注がれ、蕩けるほどに甘やかされて幸せな日々を過ごしている。
大きいほうの『子猫』が赤屍に連れられて寝室に入る時には、小さいほうの子猫はにゃあにゃあ鳴いて寂しがるものの、暫くすると諦めてハウスの中で丸くなって二人が出て来るのを待ちながら眠ってしまうのだった。

どちらの子猫も物覚えが良く、飲み込みが早い事が赤屍の自慢である。
彼の調教は実に順調に進んでいた。


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