「すみません、聖羅さん。長期の仕事で暫く遠方にいた上に、ケータイが壊れてしまいまして」 突然現れた彼は、驚く私にそう言って申し訳なさそうに笑った。 「心配させてしまいましたね。本当にすみませんでした」 「あ、い、いえ…」 「スマホに変えたので番号を登録し直して頂けますか?」 「は、はい」 ぎくしゃくと取り出したケータイに彼に差し出されたスマホの番号を再登録する。 どうやら私が一人で勝手にネガティブになって思い悩んでいただけのようだ。 それともこれも夢なんだろうか。 彼の周りにはいつもひやりとした空気が漂っていて、その白皙の美貌には汗ひとつ浮かんでいない。 「少し早いですが、夕食を食べに行きませんか」 微笑む彼の手には車のキー。 私はまるで糸で引かれる人形のように彼に導かれるまま車に乗り込んだ。 「その花は貴女へのプレゼントです」 助手席に置かれていた薔薇の花束を見て彼が言った。 「有り難うございます、嬉しい…!」 「喜んで頂けて良かった」 私は花束を胸に抱えて助手席に腰を下ろした。 暗赤色のベロアのリボンで束ねられた薔薇の花の数は、12本。 車が滑らかに動き出す。 「連絡が取れずにいた間、何か困った事や変わった事はありませんでしたか?」 「いえ…特には…」と言いかけて、ふと友人から連絡があった時の事を思い出した。 「あの、前に話した私の…前にお付き合いしていた」 「あの酷い男ですね。ええ、覚えていますよ」 「その人が、亡くなったらしくて。大学の友達から連絡があった時に聞いたんですけど、びっくりしました」 「そうですか」 奇妙な感覚だった。 そうなったからと言って気が晴れることもなく、かといって悼む気持ちも湧いてこない。 そんな風に気持ちが揺らぐことさえないなんて、本当に自分にとってはもう全く関係のない赤の他人になってしまったんだな、と冷静に考えことを思い出した。 トラウマはいつの間にか解消されていたのだ。 彼が、赤屍蔵人が私を救ってくれた。 私は胸に抱えた薔薇の花束の香りを吸い込んだ。 濃厚な甘い香り。 それにも僅かに彼の香りが混ざっている。 赤い血を連想させる冷たくて甘い香りが。 |