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木曜日の夜。
私はいつもより急ぎ足で帰路についていた。
今日は早めに帰って自炊するつもりでいたからだ。
今の時間なら余裕で用意出来る。

出来れば、自分の分を作るついでに、お隣の赤屍さんの分も作りたい。
先日のお礼だ。

「あっ、電車来ちゃう!」

時計を見ると、電車の到着時間までギリギリのところだった。
急いで階段を駆け降りる。
と、踏み出した足が階段の上をずるっと滑った。

「きゃ──」

身体が浮遊感に包まれ、悲鳴が喉の奥で凍りつく。

落ちる!

思わず目を瞑ったと同時に、誰かにしっかりと抱き止められていた。
身体に回された腕は力強く、足が階段についていないというのに、びくともせずに抱き支えてくれている。

「危ないところでしたね」

「え……」

聞き覚えのある声だった。
まさか、と目を開ければ、見知った顔が間近にあった。
端正な白い顔が微笑んでいる。

「あ、赤屍さん…!」

「気をつけなければいけませんよ」

「はい、すみません…ありがとうございました」

赤屍さんはそっと階段の下に降ろしてくれた。
電車は行ってしまったが仕方がない。
それよりも、危ないところを助けてくれた赤屍さんに感謝しなければ。
あのまま落ちていたら大怪我をしていたかもしれない。
まだ胸がドキドキしている。

「赤屍さんもお仕事ですか?」

「ええ、クライアントと仕事の話をした帰りです」

この時間にクライアントと…。
外回りのある仕事なんだろうか。
直帰出来るのは便利でいいなと思った。

「あの、」

「よろしければ、一緒に帰りませんか?」

「良かった…私もそうしたいなって思ってたんです」

私は赤屍さんと楽しく話しながら帰宅した。
そして、今日のお礼も兼ねて夕食を差し入れしたのだった。
肉じゃがとカレイの煮付けだったが、赤屍さんはとても喜んでくれた。
社交辞令かもしれないが、素直に嬉しい。


「それにしても、赤屍さんがいてくれて本当に良かった」


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