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今日は比較的早く帰ることが出来た。
といっても、今から自炊するほどの気力も体力も残っていない。
夕食は冷凍食品のパスタでいいかなと、冷凍庫の中身を思い浮かべながら玄関ドアに鍵を差し込んで開けると、ほぼ同じタイミングで隣のドアが開いた。

「お帰りなさい」

「あ、こんばんは」

お隣さんだ。
今日はロングコートを着ていない。帽子も被っていなかった。
ただ、やはり白いシャツが眩しく、彼の端正な顔立ちを浮き上がらせている。
その袖口が捲り上げられていること、そして、ドアが開いた途端に食欲をそそる良い香りが漂ってきたことから、彼が食事の支度をしていたのだとわかった。

「今お帰りということは、夕食はこれからですか?」

「あっ、はい」

「ちょうど良かった。実は少し作り過ぎてしまったんです。よろしければ召し上がって頂けませんか?」

「え、そんな…」

「そうですね、急に言われても困りますよね。申し訳ありません」

「あ、あの、やっぱり少しわけて貰ってもいいですか?」

思わずそう口にしていた。
お隣さんの申し訳なさそうな声を聞いたら、遠慮する気が失せてしまったからだ。
それに、この美味しそうな匂いに反応して、さっきからお腹がぐうぐう鳴って……いやいや、決して食欲に負けたわけではない。
お隣さんなんだし、それなりのお付き合いをして然るべきだ。
せっかくの好意をむげには出来ない。

そんな葛藤をしている間に、お隣さんは一度室内に入り、すぐに戻って来た。
その手には、ほうれん草とエビのクリームパスタが盛り付けられた皿と、サラダの皿、グラタンの乗ったトレイを持っていた。
想像を越えた豪華なメニューに怯んでいると、トレイをしっかりと握らされた。

「グラタンは一度レンジで温めて下さい」

「すみません、ありがとうございます」

トレイを片手に心からお礼を言って頭を下げた。
こんなちゃんとした食事をとるのは久しぶりだ。
冷凍パスタをチンして食べる予定だったことを思えば、本当に有り難いことである。

「礼には及びません」

「でも、」

「いつも遅くまでお仕事を頑張っていらっしゃるようなので、少し心配していたのです。今日はお腹いっぱい食べてゆっくり休んで下さいね」

「はい…ありがとうございます」

「それでは、また」

「あ、あのっ」

お隣さんがドアを閉めようとしたので、慌てて引き止めた。

「すみません、お名前、なんておっしゃるんでしたっけ」

ここまで親切にして貰っておいて名前を思い出せないなんて失礼な話だ。

お隣さんは切れ長の瞳を細めて微笑んだ。


「私の名は赤屍です。赤屍蔵人と申します」


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