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赤屍は横抱きにしていた聖羅を冷たい床に下ろした。
立ち上がる気配。

「ここで待っていて下さい。直ぐに戻ります」

そう言い置いて、彼は何処かへ歩き去ってしまった。
靴音が瞬く間に遠ざかっていく。

「赤屍さん…」

そっと名前を呼んでみるが、返事はない。
辺りはしんと静まりかえっていた。

確か、赤屍はここは新宿サブナードの地下5階だと言った。
つまり、ここは建設途中の地下街の中なのだ。
さっきまでいた場所が地下2階の地下鉄構内だったから、約三階分地下に落ちた事になる。
暗いのも人の気配がしないのも、考えてみれば当然のことなのだ。
ここには誰もいないはずなのだから。


──あそこ、出るんだって。

不意に、以前耳にしたとある噂話が脳裏に蘇った。

──昔の地下墓地っていうの?そういうのがあったらしくて、工事中に怪我人が出たとか…
地下鉄でも事故が多発してるらしいよ。


「どうしよう…」

変な事を思い出してしまった。
こんなタイミングで、と激しく後悔する。
現状を認識した途端、急に不安になってきた。
暗闇の中に何が潜んでいてもおかしくない気までしてくる。

(……怖い……)

ぺたり、と濡れた足音が聞こえたのは、きっと空耳だ。
暗闇の中に白い女の顔が見えた気がするのも、きっと気のせいに違いない。

「赤屍さん…?」

震える声でもう一度赤屍を呼んだ時、目の前の闇が微かに揺れた。

「はい」

それは確かに赤屍の声だった。
でも。

「本当に、本当に赤屍さん…?」

じわりと胸に不安が広がっていく。

「そうですよ」

クスッと笑い声が空気を震わせる。
恐る恐る伸ばした手は、相手の手に手首を掴まれて導かれ、陶器のようになめらかで冷たい頬に触れた。

そのまま引き寄せられて、緩く抱きしめられ、ぽんぽんとあやすように背中を叩かれる。
不思議と安心してしまうぬくもりと感触だった。

「暗くて見えませんか」

カチッと音がしたかと思うと、小さな灯りが赤屍の手元に灯る。
それがライターだと解ると同時に、赤屍の姿が微かに闇の中に浮かび上がった。
確かに赤屍だ。

安堵した聖羅のすぐ側まで迫っていた闇が退いていったのを感じる。
何がいたのか確かめる勇気はなかった。

もう冒険は十分だ。

怖い思いをするのも。

「さあ、戻りましょう」



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