──暗い。 目を開けていても閉じていても、何も見えない。 正真正銘の暗闇だ。 だから、それまで気を失っていたのだと気付くまで、少し時間がかかった。 さっきまでは確かに辺りが見えていたはずなのに。 いつこんな所に移動したのだろう。 「ここ…どこ…?」 「新宿の地下にある『新宿サブナード』の地下5階です」 答えは直ぐに与えられた。 意外なほど近くから聞こえた声に、びくりと身体を跳ねさせると、宥めるように大きな手の平が頬を撫でた。 「大丈夫、もう貴女に危害を加えたりはしません」 ガタガタと震え始めた聖羅の耳元で、姿の見えない人物が「怖がらないで」と囁く。 身体に当たる感触からして、どうやら赤屍の腕に横抱きにされているらしい。 (そうだ…私、メスで──) 身を守るように胸元に手を引き寄せた途端、聖羅はさっき起きた出来事を思い出した。 メスで刺された辺りを恐る恐る指先で探る。 服は切れているけれど、出血している様子はない。 不思議なことに痛みさえもなかった。 「痛みますか?」 気遣わしげな声音で問われ、またもやビクンと身体が跳ねた。 赤屍の手がそっと傷口があるはずの場所に触れる。 「傷は残さないようにしたのですが…念の為診せて下さい」 そう言って、答えを待たずに赤屍の手が衣服を開いていく。 目の前にかざした手さえ見えない暗闇なのに、この男には見えているのか。 聖羅が驚いている間に、手際よく胸元をはだけさせられてしまった。 「──大丈夫、ですね。出血もありませんし、これならば痛みもないはずだ」 あの時と同じ冷静そのものの声で告げたと同時に、赤屍の吐息が素肌に触れる。 次いで、何か柔らかな感触も。 唇が、そこに触れたのだ。 そう気が付いて慌てて身を退こうとした途端、今度はべろりと舐められた。 「ん……んっ、ぅ…」 初めて経験する感覚だった。 ぬるぬるする舌が皮膚の上で蠢くたびに、むず痒いような、背筋が痺れるような、何とも言えない奇妙な感覚が全身を走る。 最後に熱い吐息をひとつ雫して、赤屍は胸元から顔を上げた。 暗闇のせいで見えないが、あの艶やかな笑みを浮かべているのだろう。 その顔が今度は己の顔に──唇に近付こうとしているのを空気の揺らぎで察知した聖羅は咄嗟に腕を上げ、手の平で赤屍の顔を遮った。 クス、と笑みを漏らした唇の感触を手の平に感じかと思うと、直ぐにそれは離れていく。 |