番外編 | ナノ

後編

 









帰郷 ―後編―










夜。


「じゃあ、イリヤ君とルック君はいつもの客間を使ってくださいね」


食事と入浴を済ませ、後は寝るだけとなった三人にグレミオが告げた。


「あれ?でも、それじゃテッドさんは?」
「テッド君は二階の、坊っちゃんの隣の部屋へどうぞ。ちゃんと掃除はしてありますから」
「あ……」


首を傾げるイリヤに、グレミオは何事もないように言った。
その部屋が何を意味するのか、カイは痛いほどにわかった。
タギの隣の部屋は三年前まで自分が使っていた部屋だ。
まさか、再びあの部屋を使う日が来るとは思ってもいなかった。

いつ帰ってくるかもわからない、もしかしたらすでに死んでいたかもしれない自分のために、部屋の掃除をしていたのだろうか。


「グレミオ、あの部屋って鍵を無くしたんじゃなかったっけ?」
「え、そんなことありませんよ?」
「テッドさんだけマクドールさんの部屋の隣なんてずるーいっ!」


グレミオに問うタギの姿に、カイは何とも言えない顔をした。
ほんの些細なことで、タギが自分のことを忘れているんだということを思い知らされる。
だが、直ぐさま続いたイリヤの抗議に思わず吹き出してしまう。


「後から遊びに行けばいいだろ?」
「それもそっか。……でも、何でテッドさんだけマクドールさんの部屋の隣なんだろう?」
「そんなの僕が知るわけ無いだろ」


いつまでもぶーぶー言っていたイリヤを軽くあしらうと、ルックは先に部屋へと戻っていった。
それを見送るとイリヤは「後から行きますから!」とタギの手をしっかりと握りしめてから、用意された客間へと足を向けた。





コンコン。

ベッドの上に横になり、何をするでもなく天井を見ていたカイは、ノックの音で体を起こした。


「はい?」
「グレミオです。入ってもいいですか?」
「うん、開いてるよ」
「お茶を持ってきたんです」


部屋を訪れたグレミオを迎え入れると、その手には茶器があった。
テーブルがない部屋なので、必然的にグレミオは机の上でお茶を煎れることになる。
カイはそのまま机の椅子にグレミオを促した。


「坊っちゃん……この三年間どこにいたんですか?あ、イリヤ君たちと一緒ということは坊ちゃんも同盟軍に?」
「まぁ、ね。タギを捜しててさ」


グレミオの問いに、カイは当たり障りのない答えを探した。
本当のことを言っても良かったけれど、タギが辛い思いをしていたときに――違う世界ではあるけれど――自分は記憶を無くして平和に生活を送っていました、などとは口が裂けても言えなかった。


「そうなんですか……坊ちゃんは、カイ坊ちゃんのことだけ忘れてしまったみたいなんです」
「知ってる。同盟軍で会ったときもタギは僕のことを知らないみたいだったし。まぁ、この髪じゃ当たり前かもしれないけど」


カップを両手で包み込み、グレミオはカイを真っ直ぐに見つめて言った。
それにカイは小さく頷き、自分の銀髪の前髪を少しだけつまんで見せた。
タギの記憶にある自分は、いつだってタギと同じ黒髪だったはずだ。
今の姿では、例え記憶が会ったとしても自分だと理解してもらえたかどうか。


「いいえ、そうじゃないんです。三年前のあの戦いの後、坊ちゃんの記憶からカイ坊ちゃんのことだけ、綺麗になくなっていたんです」


グレミオから告げられる事実に、カイは取り戻せない過去を思って溜め息を吐くしかなかった。


「それだけタギの心の傷が深かった、ってことか。弟が一人頑張ってる時に、兄は何もしなかったから、当然といえば当然」
「坊ちゃんは、坊ちゃんはカイ坊ちゃんとテッド君を助けるんだと、それはそれは頑張ってらっしゃいました。ですが、テッド君があんなことになり、カイ坊ちゃんも行方不明。始めは希望を持っていましたが、やはり辛かったのかもしれません」
「グレミオ……。すまない」


カイは謝ることしか思い浮かばなかった。
例えそれが、謝る相手が違うとしても。


「いいえ、坊っちゃんが謝ることじゃありません。それに大丈夫です!きっと坊ちゃんはカイ坊ちゃんのことを思い出します!」


ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がると、グレミオは力説するように拳を作った。


「そう、だね。僕としても、タギには何としてでも思い出して貰わなきゃいけない理由があるし」


レックナートが返してくれる大切な物。
それが一体何なのかは皆目見当もつかない。
けれど、返してくれるというのなら喜んで返してもらおう。
その為にタギの記憶が必要ならば、何としてでも思い出してもらわなければ。

彼女が関わるような事だ。
きっと重要な物なのだろう。


「そうだ。坊っちゃんに渡したい物があるんです」


そう言って、グレミオは部屋から出て行った。
暫くして戻ってくると、その手にあったのは一本の黒い棍。


「これは……」


受け取った棍をまじまじと見つめる。
黒い棍はしっかりとカイの手に馴染んだ。
それが何を意味するかわからないカイではない。


「ええ、坊っちゃんの棍です。手入れはしてありますが、三年前と同じまま保管してました」
「ありがとう。使わせて貰うよ」


思いもよらぬ贈り物に、カイは破顔した。
棍は見つかったらいいな、位にしか思っていなかった。
それなのに、わざわざ手入れまでされていたとは。
カイはグレミオに心から感謝した。


「あ、お茶が冷めてしまいましたね。煎れ直しましょうか?」
「そうだね。そろそろイリヤとタギも来るだろうし、カップを追加して貰えるかな」
「坊っちゃんとイリヤ君ですか?」
「そう」


カイが頷いた瞬間、コンコンというノックと共にイリヤの声がドアの向こうから聞こえてきた。


「テッドさ〜ん!」
「ほらね。開いてるよ」


肩を竦めて苦笑しながらドアを指差せば、それにつられるかのようにグレミオも笑みを浮かべた。


「あ、グレミオさん。もしかして僕、邪魔でした?」
「いいえ、話は終わりましたから大丈夫ですよ」
「へぇ、この部屋ってこうなってたんだ。僕の部屋とあまり変わらないね」


イリヤに続いて、タギが部屋を眺めるように入ってきた。
そのままドアを後ろ手に閉めたタギに、おやとカイは首を傾げた。


「イリヤ、ルックは?」
「本の虫だよ」


直ぐさま返ってきた答えに、そういえばそうだっけとカイが納得する。


「ルックの目的は書斎の本だっけ」
「そういうこと」
「今新しいお茶をお持ちしますね」


そう言ってグレミオが部屋から出て行くと、部屋には三人だけになった。


「そういえばテッドさんって、朝どこに行ってたんですか?」


しばらくグレミオが煎れてくれたお茶を飲んでいれば、思い出したようにイリヤがカイの方を向いた。
まぁ、言ってもいいかと思いイリヤの問いに簡単に答えた。


「ん?墓参り」
「そっか。ここ、テッドさんの故郷でしたよね」
「そうなんだ?」
「まぁね」


初めて知った、というタギの顔に少々胸が痛む。
いっそ、このまま真実を告げられたらと思ったが、それでは自分とタギの願いが叶わなくなると小さく首を振って思いを振り切った。


「……故郷はどうだい?やっぱり三年前と変わってるだろう」
「変わってないものもあるさ」
「何が変わってないものなんですか?」
「確かに、三年前とは確実に変わっているかもしれない。でも、そこに吹く風や空気は何も変わっていないよ」


カイはテオの墓で感じた風を思い出した。
例え街並みが変わろうとも、そこに吹く風は昔と何ら変わりはしなかった。


「そんなものですか?」
「そんなもんだよ。タギだって、三年振りに帰ってきたときにそれを感じただろう?」
「確かに、そうかもしれないね」
「よくわからないんですけど……」


難しい顔をしながら話しについて行けないと嘆くイリヤに、二人は顔を見合わせた。


「まっ、その内わかる日が来るさ」
「そうだね。そう遠くない未来に」
「そうですかぁ?」


未だに納得しないイリヤを宥めながら、三人は夜遅くまで話を続けた。





翌朝。
玄関では支度を終えた四人がグレミオに見送られていた。


「それじゃ、坊っちゃん。気を付けてくださいね?」
「うん、わかってる」
「イリヤ君、坊っちゃんをお願いします」
「はいっ」
「ルック君も」
「わかってるよ」


わざわざ一人一人に声をかけるグレミオに、タギは心配性だなぁとぼやいた。
そして、カイの方を向くとその手に握られている棍を確認して笑みを浮かべる。


「テッド君も……いつでも来てくださいね」
(ここは貴方の家でもあるんですから)


グレミオの内心の言葉が聞こえたような気がした。


「ありがとう」
「さ〜てっ、ルック頼むよ」
「全く、仕方ないね」
「ルックも随分と寛大になったよねぇ」
「……切り裂かれたい?」
「そんなことしたら、裁くよ?」
「ちょっと!ここで紋章発動させないで下さいよっ?!」


お互いに右手を掲げるものだから、イリヤが慌てて二人の間に割って入った。
その姿を見て、タギはいっそすがすがしいほどの笑みを向けた。


「まさか、トランでそんな危険な真似はするわけないだろう?」
「デュナンならいいんだ?」
「さぁね」
「ちょっ、ホントに勘弁してくださいよ〜」


涙目になりながら二人を宥めようとするイリヤに、カイは頑張るな〜、などとぼんやりと思っていた。


「君、来るときはそんなもの持ってなかったよね?」


魔法陣を描きながら、ルックはカイが持っている棍を指差した。
それに気付いたカイは棍を見て、ルックを見た。


「ん?あぁ、これは貰ったんだ」
「へぇ、君って棍が使えるんだ?なら、向こうに着いたら手合わせ願おうかな」
「ブランクあってもいいなら、喜んで」


肩に自分の棍を担ぐ体勢のタギが面白そうに言ってくるのに笑顔で返せば、更にそれに火を付けるのがイリヤ。


「え〜、テッドさんだけなんてずる〜い!僕もマクドールさんと手合わせしたいです!」
「ん〜、お子様はやっぱり元気だなぁ」
「ホントにね」


その直後、魔法陣が完成して四人の姿はグレッグミンスターから消えた。
その様子を見ていたグレミオは口元に笑みを浮かべていた。










自分の武器を取り戻しました
2006/08/15
2009/05/07 加筆修正



 

 
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