05
秀くんがアメリカに行ってから17年。私は日本で30歳の誕生日を迎えた。そして、エリザベス女王からの命によって日本に帰ってきて1年、モデルの方の仕事は順調過ぎて逆に怖いくらいだ。
"「誕生日おめでとう、真咲。」"
『ありがとう!秀くんに早く会いたいわ!欲しいピアスがあるの。私がCMしてるお店の綺麗なルビーのやつ!』
"「あぁ、用意しておこう。」"
誕生日に何時ものようにかかってきた電話。この時は彼の異変に気づかなかった。
『それで、次はいつ会えるのかしら?』
"「重大な任務についててな、暫くは無理そうだ。悪い。」"
『あら、残念ね。でも忙しいのに電話ありがとう、嬉しいわ。』
"「問題ない、俺がしたくてしているだけだ。…そろそろ切るな。おやすみ。」"
『えぇ、おやすみなさい。大好きよ、秀くん。』
"「あぁ。俺も愛してる。」"
電話を切ってからベッドに倒れ込んだ。秀くんの口から愛してるって言われたのは何年ぶりだろうか。会えないのは寂しいけど、単純な私はその言葉ひとつで舞い上がってしまった。
だから、それが最後の会話になるとは思っていなかった。
*****
翌朝、テレビをつけていつものように出掛ける準備をする。今日はお昼からポスターの撮影、その後にラジオ。勿論MCは佐藤さん。
"昨夜未明、東都の来葉峠で車が全焼する事件がありました。その中には男性の全焼遺体があり、身元確認を行ったところ、旅行の為に来日していたFBI捜査官のものだと判明しました。"
頭を鈍器で殴られたような感覚だった。テレビに映るのは全焼してしまった、シボレー。兄が愛用していた車に酷似していた。まさか、秀くん程に腕のたつ捜査官が殺されることなんてありえない。
──秀くんが死んだ?
いや、ありえないわ。だって、彼はアメリカにいるはずだもの。日本にいるわけないじゃない。それに、昨日電話で誕生日を祝ってくれたじゃない。忙しいのに、次に会ったときにプレゼントもくれるって…。そう言ってたのに…。
口では否定しているのに、頭の中ではずっと警報がなっている。膝から崩れ落ち、受け入れられない自分の推測にただ呆然としていた。どのくらいそうしていたのかわからないが、着信音が響いて自然に染み付いた動作で通話ボタンを押す。
"「お前、今どこにいる?」"
『ノア…。』
"「声出てねぇぞ。とりあえずお前んち向かってるから。あと、今日のモデルの方は休みの連絡いれた。」"
モデル活動を再開するにあたって、何故かマネージャーがノアになった。ぼーっとしているうちにインターホンが鳴る。玄関の方に顔を向けるが体が言うことを聞かない。ペタンと床に座っていると、ガチャガチャと鍵の開く音がして、ドアが開いた。
ノアだ。そのままリビングまで入ってきたノアは私を力強く抱きしめた。
あれ?何でノアはこんなに慌てて私の家に来たのだっけ?私は何をしていたのだっけ?
『どうしたの?ノア、何かあった?』
一度私から離れたノアの整った顔は泣きそうに歪んでいた。珍しいものを見ている気分ね。
「何かあったのはお前だろ。」
あら、何があったのかしら?何で私は床に座り込んでいるんだっけ?何でこんな心にぽっかりと穴が開いている気がするんだっけ?
「落ち着いて聞け。…さっき、FBIに確認を取った。俺も正直信じられないが、遺体は赤井秀一のもので間違いないらしい。」
『………赤井秀一って誰?』
「は?」
ノアが驚いた顔をしている。だけど、こちらだって状況が理解できない。赤井秀一って誰のことよ。彼の話から推測すると、FBI捜査官だったのだろうか。
本気でわかっていないと気づいたのか、ノアは再び私の事を抱きしめた。鼻を啜る音が聞こえてきて驚く。泣いているところは初めて見た。
『ノアの大切な人だったのね…。』
ノアは何も言わず、私を抱きしめる腕に力をいれた。