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01

朝礼で紹介があった人物は、遠目からでも確信が持てるほどよく知った……知っていた彼だった。


「…本当に純だ」

「なんだよ!」

頭の上から、足先までゆっくりと確認するけど、紛うことなき伊佐敷純だ。
相変わらず吠えてる。
高校の時から比べれば体格も良くなって、顔も大人びているし、制服とは違ってスーツはきちんと着こなしている。
髭は相変わらずだけど。
その髭がなかったら童顔に見えること、まだ気にしてるんだね。

「あー…あれだ…久しぶり、だな」

荷物をデスクに置いて改めて向き直る彼はやっぱり変わらない。

「うん。久しぶり。元気してたみたいで…あと、本社勤務おめでとう」

この会社では、本社勤務は営業にとって昇進に値する名誉。
要するに純が、入社以来、仕事をすごく頑張っていたということ。
きっと仕事に全力でなりふり構って来なかったからその左手の薬指はまだ空いて……やだ、私何考えてるんだろ。

「では、伊佐敷さん。社内を案内しますので、ひとまず荷物はデスクに置いて付いて来てください」

「急にヨソヨソしくなんじゃねぇよ」

「仕事ですので」

「…そーかよ」

「みょうじ、伊佐敷ー!」

距離感がわからない、というのが本音。
十年ぶりの再会。
しかも別れ方は最悪、だったと思う。
少なくとも私には、良い思い出とは言い難い別れだった。
ひどく自分勝手で、ただ純を傷つけただけの、“青春”とカッコつけるにはなんとも不器用な恋の終わり。

だから、部長に呼ばれて一安心した。
十時から始まる部長会議に参加してほしいとのこと。
関西支所のエリート営業マンを引き抜いてきたことを自慢したいそうで、私も純も苦笑いを浮かべることしかできなかった。
当分、古株の先輩方から批判の眼差しを受け取ることになるね…。





案の定、と言うべきかなんなのか。
純が会議から戻ったのは、お昼休憩が終わる少し前だし、彼は両手にたくさんの仕事を抱えて戻ってきてくれた。

「…悪ぃ」

あの白いふわふわの犬のごとく、耳や尻尾でも付いていたらきっと垂れ下がっていたことだろう。

「転勤初日からこんな仕事抱え込んでどうするんですか。…先にチェックしますから、とりあえずこれでも食べて、十三時半から前任者と得意先へ挨拶回りに行ってください」

今日私のお弁当として持ってきていたおにぎりを彼の机に置いた。
こうなるんじゃないかと思って、私は同僚と食堂でご飯を済ませておいたのが正解したみたい。
ついでに前任者の先輩に時間を少しだけずらす様にもお願いしておいたのは大正解。
もう一度、悪ぃと謝った後、丁寧にありがとうと言うところは相変わらずなんだから。

もう社会人だ。
十年前のあの頃のことを引き摺って、仕事に支障をきたすほど子供じゃない。
それなのに


「懐かしいな、お前の握ったおにぎり。うめぇ…」


なんて笑ってこぼした純の言葉は、嬉しさより、ズキズキと小さな痛みを伴うから…。
それに返答することはなく、私は書類と向き合った。



この仕事の山がそう簡単に片付くはずもなく、気付けば時計の針は夜の九時を回っていた。
まだ残ってる人たちもいるがそろそろ帰りたい。
純のほうをちらりと見ると真剣に今日もらった資料に目を通しながらパソコンのデータと確認している。
挨拶周りから戻ってもう何時間になるだろうか。
昔からやれることを一つずつ頑張っちゃうタイプだったな…。

「伊佐敷さん」

「…あ?」

視線は手元の資料を見つめたまま。
まだ彼は集中力が切れていないらしい。

「そろそろ帰りますが、伊佐敷さんはどうします?」

時計を見て小さくそんな時間か、と呟いて伸びをした。

「あ、そうだ…聞いたんだけど、野球チーム、あるんだよな?」

先輩に聞いたのだろう。
純は少し気まずそうにしている。
今もいい体格してるから、運動は続けてたのかな?
投手としてはノーコンだけど、強肩から繰り出されるレーザービームは何度興奮させられたかな。
あと、バッターとしてはすごくセンスあるし…。

「そうだよ。入る?」

「良いのか?!」

だとして、元カノのいるチームには入りたくないだろうと思っていたのに、純は嬉しそうに視線をあげた。

「私マネやってるけど、良いの?」

「…だ、だめか?」

「ううん、戦力は一人でも多い方が良いし…」

「任せとけ!あっちでもずっと社会人チーム入ってたんだぜ!」

目を輝かせる純は相変わらず野球バカのよう。
元カノが…なんて関係ない気苦労だった。
私だって、先輩が野球できる人なら誘えって言っていたから誘ったまでのことで、他意なんてない。

今日を上手くやれたんだから、仕事でもチームでも大丈夫だよね?
だってもう十年が過ぎたんだから。

そう自分の心を戒めた。


「キャプテンには私から言っておくね。
練習は毎週火金土曜。だいたい夜の八時から十時まで。月に一回は練習試合や公式戦もあって、あ、練習場はまた連絡を…」

そこまで言って、はたと止まる。
連絡先の交換なんて友達や同僚とだってする。
今さら戸惑う必要もないことなのに、チラつく彼氏の顔。



「変わってねぇけど」



真っ直ぐとこちらを見る視線。
消してないことを当然のように信じてる。
普通、元カレの連絡先なんて消すけど?
大学の時に付き合ってた彼のとか全部消したし。

耐えきれずに逸らしたのは私。

「…そう。私も、変わってない」

なんでそんな嬉しそうな顔するの?
不規則に鳴り出す胸の前でぎゅっと手を握った。

「じゃあ、私はこれで」

「ありがとな、なまえ」

「……っ仕事だから。じゃあ、お疲れ様」

半ばここから逃げ出すように、彼からの返事は後ろ手に聞いた。

純の連絡先は、消さなかったんじゃなくて消せなかったことを、今さらひどく後ろめたくなってくる。



平穏な生活が崩れないように、崩さないように、願いながら家路を急いだ。








「ただいま」

部屋の明かりが点いているからきっと来ているのだろう。
できるだけ笑顔を浮かべた。

「遅ぇよ、なまえ!腹減って死にそうだし!」

テレビを見ながらソファへ寝そべり、酒のつまみのようなものを食べているのは、“大好きな”彼氏。

「ごめんね、タカヤ。どうしても残業しなきゃで…」

メッセージは送ってあったし、既読になったことも確認はしてある。
カバンを適当に置いて、エプロンをかけた。
こうやってタカヤがいつ来ても良いように、冷蔵庫に常備してあるいくつかの食材を取り出した。

「なー…そんなことよりさー」

背後に気配を感じたかと思えば、するりと服の裾から入る手にぞわりとする。

「や、っちょ…ねぇ!ご飯!お腹空いたんでしょ?」

「先にシたい〜」

「……ご、ごめん…今、生理中だから」

咄嗟に吐いてしまった嘘。
お尻を撫でるように触られ、顔をしかめられる。
簡単にバレた。

「嘘、傷つくんですけど」

「ごめん、なさい」

素直に向き合って謝る。
許してもらえるだろうか。
彼はなんだかんだ一度怒るとなかなか許してくれない。
それをわかっているのに、吐いた嘘にため息が出た。
それでも彼を抱きしめてもう一度謝罪する。

「仕事で疲れちゃって…今日は、ごめん」

「じゃあさ!」

満面の笑みを浮かべたタカヤに悪い予感しかしない。

「俺が気持ち良くシてあげるから!」

苦笑いしか浮かんでこない。
今日はどうにも逃れられないらしい。
甘えてくる彼のことは嫌いじゃないし、時にはその一面に癒されることだってある。

けれど…今日は…

そう思いかけて、苛まれていく何かに目を向けたくなくて、彼のキスに応じた。
私はタカヤが好き、だよ。

「なんだよお前もホントはシたかったんだろ?」

彼の言葉に返事はしない。
ただ、行為をするだけ。
きっと彼との行為を気持ち良いと思えない私が悪いんだから。





ねぇ、純
どうして、また私の前に現れちゃったの?







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