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プロローグ

こちらから少しずつ距離を開けた。

毎日のメッセージのやり取りや電話の回数を少しずつ減らした。

学校でも、少しずつ話さなくなった。

話しかけようとする彼から、逃げた。


そうすれば、向こうも少しずつ距離を開けて来る。
嫌な顔してるくせに、“別れよう”とは言ってこない。
優しい人。
付き合った期間は一年半とちょっとだけど…

思い返すのはやめよう

辛くなるばかりで、恋しくなるばかりで、何一つ前へ進むことはできないのだから。




「純、別れよ」

何も言わず、こちらをまっすぐ見つめる目を見返すことはもうできない。

「大阪と東京で、続くわけない…。あっちで素敵な子、たくさん見つかるから」

純と離れてしまう進路。
それが決定付いた時から、私にはこの結末しか想像できなかった。

「なんで…続かねぇって決めつけるんだよ」

「わかるよ!!」

「わかんねぇだろうが!!」

心を揺さぶるほど大きな怒声が堪えているものすべてを決壊させそう。
捕まれた手首が痛い。
久しぶりに触れられた純の手は相変わらず温かくて、その温もりさえ今は思い出してはいけないんだと自分を叱咤した。


「私が…耐えれない…」


好きだから別れたくない。
でも好きだから

そばに居られないのが、辛い…

それだけ、伊佐敷純は私の中で心の支えで、私の高校三年間の半分以上を共に過ごしてきた大事な人だから。


掠れたけれどなんとか彼には届いただろうか。
捕まれた手を払いのければ、思ったより簡単に離れた。

「…そうかよ…」

「ごめん」

「ずっと俺を避けて、それを一人で悩んでたんか?」

「ごめん」

「なんで言わねぇんだよ…」

「…ごめん」

「…そうじゃなくて、っなんとか言えよ! …なぁ、なまえ」


この時、名前を呼ばれたのが最後だった。
自由登校まで残すところ三日。
冬の制服のリボンを揺らす冷たい風は、私たちの間にも無情に吹き付けていた。



「バイバイ、純」




私と純は、別れた。



その場に純を残して、走り逃げ込んだ特別教室で嗚咽を漏らしながら泣いたのは、もう、10年も前のこと。











「みょうじさん、じゃあ残りの引き継ぎお願いね」

「はい!先輩がいなくなるのは寂しいですが、栄転ですもんね!頑張ってください」

段ボールいっぱいに私物や書類を詰め込んだ箱を抱えた先輩。
先輩はこの度、昇進して営業部から企画部の課長になる。

「あ、今日の夕方には一応赴任前の電話させるって向こうの部長が言ってたから。名前なんだったかなー…」

「大丈夫ですよ、挨拶ぐらいできますから」

笑いながらそう言うと、「そうだね」と笑い返してくれた。
営業のサポート事務が私の仕事。
来週、他店から赴任してくる新しい営業さんはこの先輩と入れ替わり。


「ていうか、野球部の練習でも会えるしな!」

「仕事忙しいからって練習サボらないでくださいね」

「厳しいなーうちのマネは。新しいやつが野球できそうなら勧誘してくれよ?」

「わかってますよ!うちも少しでも戦力欲しいですもんね!」

高校で野球部のマネージャーをしていたことが新人歓迎会でバレて、会社の社会人チームのマネにしつこく勧誘されたのは懐かしい話。
よく交流戦をする敵チームに彼氏もいるし楽しい社会人ライフを送っている、と思っている。

きっと波風立たない生活がこのまま続くんだと思っていた。




『遅くなってすみません』

予定の時間より三十分遅れてかかってきた電話。

「いえ、お忙しいのに、お時間を取っていただきこちらこそすみません」

関西支店の人だからてっきり関西弁なのかと思っていたら、標準語で驚いた。
第一声が謝罪なことにも好感持てる。
バリバリの営業マンって聞いていたから、上から目線の偉そうなのを想像していたことを内心で謝った。


『それはお互い様です。伊佐敷と言います。来週から宜しくお願いします』


電話の向こうの男性はなんと言っただろうか。
あまり聞かない苗字だけど、日本全国には何人かいるだろう。

「…え、…い、いさ…」


『あまり聞き慣れないっすよね。い、さ、し、き、です』


丁寧に言い直してくれた、彼の声に途端に呼吸が上手く吸えなくなる。
嘘、だよね…?
違う人、だよね…?

「…こちら、こそ。みょうじ、です」

動揺が隠せないほど、震える声。
自分がいるオフィスの喧騒が全く聞こえないのに、電話の向こうの雑音の音が気になってしかたない。
息を飲んだ“伊佐敷”さんの、次の言葉を待つ時間はひどく長かった。






『…なまえ…?』






長く蓋をしたままにしておいた切ない記憶。
もう一度開くことになるなんて、思いもしていなかった。







「…純」









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