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「どうしてこんな手紙が、私たちの部屋に……?ひょっとして、コナン君や蘭ちゃん達の部屋にも届いていたんでしょうか?」
「俺が君の部屋に行く前に確認した限りでは、この封筒が投げ込まれていたのは401号室と402号室の2つのみだったようだ。ボウヤの所にも届いているかと思ったんだがな」
「つまりこの手紙の差出人は、私と安室さん、沖矢さんと子供たちのことは知っているけれど、毛利さん達や蘭ちゃん達のことは知らない人間ということかしら?」
「ああ。本当にこのメッセージを伝えたい相手が一体誰かは知らんが、あの騒ぎの間に勝手に部屋に侵入されて、こんな手紙を置いて行かれたんだ。黙って見過ごす訳にはいかないだろう」

だからこうして、先手を打つために妹一家の動向を探りに来たんだと彼は言った。

こういう所が、零さんとこの人の決定的な違いである。零さんが私よりも先にこの手紙を読んで、妹一家の動向を探ろうとするのなら、私をこうして一緒に連れまわすようなことはしない筈だ。何故なら彼は超がつくほどの過保護な人間で、私の身を危険に晒すことは極力避けたいと思っているからだ。組織との直接対決の時はレア中のレアケースである。
けれどこの人は、そんな遠慮も気遣いも私に対して抱いてない。だからこうして、民間人を夜中に平気で連れまわすような行為を、彼自身も警察官のくせに堂々とやってのけるのだ。

そしてそんな割り切った考え方をする人間を、私個人としては非常に好ましいと思う。

「あなたの考えは解りました。でも、先手を打つって具体的にはどうやって?」
「手紙の差出人の正体は解らんが、俺はあの手紙を一種の牽制だろうと踏んでいる」
「牽制?」
「君だったら、その手紙を1人で読んで、次に狙われているのが自分だと思ったら、どんな行動に出る?」

またしても意見を求められて、私はそうですね、と短く前置きをした。

「怖いので、誰かと一緒に居てもらおうと考える……かしら。それできっと、部屋から一歩も出ないと思います」
「そうだろう。普通の感性ならそうするのが一般的だ」
「あなたは一般的な人間ではないと?」
「何を今更」

私が恐怖心を誤魔化そうと叩いた軽口に、彼も薄く笑って応じてくれた。そうだ、確かに彼は平凡な一般人どころか、あのFBIの中でも際立って頭の切れる捜査官だったのだ。

「つまり、あの手紙を出した人間は俺たちを今夜、自分の部屋に閉じ込めておくつもりだったんだろう。その間に更なる人殺しをするつもりなのか、それとも地引睦夫を殺害した時の証拠隠滅をはかるつもりなのか……。その割には、手紙を受け取った人数が中途半端だがな」

なるほどそれを阻止するために、彼はこうして自分と同じ手紙を受け取った人間と共に、こうして夜のホテルを徘徊しているという訳だ。監視カメラの映像を云々、というのは後付けの理由に過ぎないのだろう。
そんな赤井さんの思惑を肯定するように、私のヘッドホンからギルバートの声が聞こえてきた。

「赤井さんの推測通り、動き始めましたよ。6番のカメラを見てください」

その声に促されて、私と赤井さんは顔を寄せ合ってスマホの画面を見つめた。6番カメラの映像は、ホテルのオープニングセレモニーが開かれていた2階の大広間の入り口を映したものである。
そこに映っていた2人の人影に、私はあっと小さく声を上げた。声を上げてから、慌てて口元を押さえて声を殺す。

「本戸倫子―――と」
「本戸彰一だな。やはり動いてきたか」

彼は本戸夫妻の姿が映ったカメラをズームアップした。カメラの中で本戸夫妻は、何食わぬ顔で懐から鍵を取り出し、大広間のシリンダーに差し込んだ。

「合鍵……?」
「どうやらこのホテルの支配人には家族がいなかったらしい。それで唯一血の繋がった妹夫妻に、ホテルの連帯保証人になってもらっていたようだ」

なるほど、と私が相槌を打つ間にも、彼らは広間の中に入っていき、その奥のバルコニーに足を進めた。
カメラが捉えた本戸倫子の横顔は、殺された地引睦夫の顔と本当によく似ていた。

「よし、俺たちも行くぞ」
「はい」

赤井さんに促されて、私たちも螺旋階段から移動を開始した。2階に降り立ち、大広間のドアを半信半疑で押してみると、本当に鍵は掛かっていなかった。
ここで私はあることに気が付いて、音も立てずに広間を突っ切っていく赤井さんの背中に小声で問いかけた。

「って、待ってください。彼らが合鍵を使えるという事は、さっきの事件だって」
「ああそうだ。もしも彼らが犯人だというのなら、さっきの密室も密室殺人事件などではなくなる」

なんだ、と私は肩から力が抜けていくような感覚に陥った。幽霊の正体見たり枯れ尾花、である。

「警察も当然、このことは知っているんですよね?だったら彼らは、今や容疑者の最有力候補なのでは?」

私の困惑した声に答えを寄越したのは、頼りになる人工知能の声だった。

「警察もその情報を知っていますよ。彼らが横溝警部から事情聴取を受けている時の監視カメラの映像を入手し、確認しました。その際、合鍵を使って犯行に及んだのではないかという質問に対して、本戸倫子はこう釈明していました」

自分が兄を殺す動機などどこにもない。むしろ私は、誰よりも兄のことを大事に想ってきたのだと。今も、兄に十分な別れも告げられずに遺体を警察に取り上げられて、悲しみこそすれ嬉しく思うはずがない、と彼女は熱弁したのだという。

「その言い分を聴く限りでは、倫子さんが地引睦夫を殺したようには聞こえませんね。実の兄に対する物言いとしては、随分情熱的だと思わざるを得ませんが……」

そんな私の無責任な分析は、思わぬ形で肯定されることになった。

「倫子。お前、パーティーの間中、誰とどこに居たんだ?」

扉1枚隔てた向こうのバルコニーに、本戸夫妻は向かい合って立っていた。本戸彰一の低い掠れ声が、風に乗ってこちらに届く。

「誰とどこに……ですって?」
「ああそうだ。俺がラウンジで飲んでいる間、お前は俺以外の男と、このバルコニーで逢っていたんだろう」

何やら出だしから穏当ではない内容である。ここで私はふと、陽菜さんが教えてくれた“理人さんからDVを受けるようになったきっかけ”を思い出した。
確か彼女は、理人さんのご両親の不和がきっかけで彼が精神的に追い詰められ、自分に暴力を振るうようになったのだと語っていたはずだ。その義両親の不和の原因というのが、本戸彰一の発言を聴く限りでは、本戸倫子の不倫ということなのだろう。

「…………」
「しらばっくれても無駄だ。お前がここであの男と―――お前の兄と抱き合っていたのを、確かに目撃した人間がいる」

本戸彰一の言葉の意味を、私は即座に理解できなかった。けれど、彼の発言を文節ごとに区切って咀嚼していくうちに、その言葉の指し示す恐ろしい意味を、徐々に私の脳は理解していった。

まさか。まさかあの2人は、
地引睦夫と本戸倫子は、兄妹でありながら互いに恋愛感情を抱いていたというのだろうか。

息を呑んで固まった私に追い打ちを掛けるように、本戸倫子は落ち着いた声で鷹揚に笑った。

「その通りですわ。私はあなたの目を盗んで、ここで兄と逢っていました」

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