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歩美ちゃん達が発見した遺体は、ホテルの支配人の地引睦夫のものであることが解った。外傷は胸の傷以外にはなく、致死量というほどの出血もなかったことから、遺体は鑑識の検視官に回し、その血液を科警研の生物第三研究室に送ることにしたらしい。生物第三研究室の事務分掌は血液型に加えて血液の異常等を鑑定、分析するセクションである。

という説明を、私たちは神奈川県警に所属する横溝重悟という名前の警部から聴かされた。既に夜の11時を回っていたが、眠気などどこかに吹き飛んでしまったように頭はハッキリと冴えていた。

「まーたあんたかよ……煙の小五郎さんよぉ」
「眠りの小五郎、だ!何っ回も間違えるな!」
「横溝警部、今回の遺体ってそんなに不審な点が多かったの?」
「あんだよ、今回はボウズが第一発見者じゃねえのか?」

毛利さん一家と少年探偵団の皆は、既にこの警部さんと面識があったらしい。警視庁の刑事さんだけでなく、他府県の警察官とも顔見知りだなんて、さすがはダイソンもびっくりの事件吸引機である。

「うん。ちょうど事件が起きた時、おじさんは部屋で爆睡してて、僕はお風呂に入ってたんだ。だから歩美ちゃんの悲鳴が聞こえてきたとき、咄嗟に外に出られなくて」
「停電で真っ暗になった時、お前は暢気に風呂に入ってたってのか?」
「真っ暗な中を無暗に動き回る方が危険かと思って、風呂場でじっとしてたんだ。思った通り、すぐに電気も回復したしね」

いつも誰より早く事件現場に駆け付けるコナン君があの時どこにも居なかったのは、こういう理由だったのだ。横溝警部もなるほどな、と納得して、手元のメモ帳に目を落とした。

「遺体の不自然な点についてだが、まずはさっき説明した通り、外傷が胸の傷1つしかなかったこと。果物ナイフで一突きしただけじゃ、致命傷にはならねえ。凶器は心臓を掠めちゃいたが、かなり右側にずれていたからな」
「果物ナイフはただのオプションで、本当の死因は他にあるってこと?」
「オプションって、ボウズお前な……。まあ、鑑識はそういう見方をしてたぜ。今はその死因が何だったのかを調べてもらってる所だ」

それから2つ目の不自然な点は、と横溝警部は続けた。

「この殺人事件がかなり計画的に引き起こされたものであるということ。あんた―――沖矢さん、だったか」
「はい」
「あんたがこの部屋に駆け付けた時、まるで誰かをおびき出すように大きな音が鳴っていたと言ってたな」
「ええ。僕たちの宿泊している部屋から4つ離れたクラブスイートルームから、いきなり大きな音が聞こえたんです」
「そりゃ一体、どんな音だったんだ?」
「その時の記憶では、誰かが倒れたような音に聞こえましたが……」

沖矢さんの証言に、子供たちも次々に口添えした。

「そうだよ、ドサッていうでっけー音が、ベッドルームにまで聞こえてきたぜ!」
「そのあと、僕たちがここに駆け付けてからは、誰かがドアを叩いているようなドンドン、ドンドンって音がしてました!」
「あたし達以外にも、その音が聞こえてた人がいるんじゃないかなあ?」

警部はふぅん、と小さく唸って、今度は私たちに向き直った。

「えーっと、あんた方はこいつらの隣の部屋に居たんだよな?こいつらの言うような音を聴いたのか?」
「はい、確かに聴きました。あの時、直前に停電が起きたので、不用意に動かないように僕たちは部屋の廊下でじっとしていたんです」
「彼の言う通りです。停電してから1分後くらいに電気が点いて、少しほっとしたところに音が聞こえたので、私もよく覚えています」

何ならギルバートの遠隔サーバーにその時の音声は全て残っているので、私の証言を裏付けるのは簡単である。もしも必要に迫られればデータを提出することも厭わないつもりだった。
零さんの口から停電という単語が出たことで、警部はううん、と頭を掻いた。短い髪の毛がガシガシと音を立てる。

「その停電なんだがな。停電が起きている間、防犯カメラも全部ストップしちまってたんだ」
「えっ?それじゃ、その間に事件現場に犯人が侵入していたとしても、その映像が残っていないってことですか?」
「おう。だから正直、俺たちにとっちゃあ第一発見者であるあんたたちの証言が最も重要なんだよ。だから気になったことがあれば、隠さず何でも話せよ」
「…………。解りました」

私たちが殊勝に頷いたのを見て、警部はつまりだな、と言って話を戻した。

「犯人はわざわざその時間に停電を引き起こし、マル害を殺害した。停電の理由としては、監視カメラを止めるため、それから他の宿泊客の足止めをするためと見て間違いない。遺体発見時の部屋の状況や、クッソ高そうなブレゲの時計が手首に嵌ったままだったことを考えても、物盗り目的の犯行じゃあねえんだろう。だったら最初から、今日この時間にこの場所でマル害を殺害することが犯人の狙いだったんだ」
「でも、それにしては奇妙ですねぇ」

すかさず口を挟んだのは零さんだった。全員の目が彼の顔に向く。

「計画的に停電を引き起こし、地引睦夫を殺害した。そこまではまあいいでしょう。だけど犯人は沖矢さん達をおびき寄せるように、大きな音を流していた。そんな音を流さなければ、少なくとも翌朝まではこの犯行が知れ渡ることはなかったはずだ。わざわざ自らの犯行をこちらに見せつけるような真似をして、犯人は何がしたかったんでしょう?」
「我々が扉を開けた後も、誰かがドアを叩いているような音は鳴り続けていたんです。あれはやっぱり、スマホか何かで録音した音をリピート再生していたんでしょうか?」

沖矢さんの質問に、警部は不機嫌そうな顔でその通りだ、と首肯した。

「今あんたらが言った通り、部屋の扉を叩いているような音はマル害本人のスマホから流れていた音声だった。フリーゲームなんかを作るときに使われる音響素材の1つだな」
「なるほど。そういう素材は検索すればいくらでも出てきますからね。問題は被害者のスマホのロックをどうやって解除したか、という点ですが」
「マル害が使用していたスマホは指紋認証タイプだった。指先1つで簡単にロックは解除できる」
「ほぉー……」

零さんの表情は普段と変わりないように見えるが、その目は普段よりも険しい色を湛えていた。そんな顔もしたくなるだろう。詳しい話は知らないが、ギルバートによれば、被害者の地引睦夫は公安が目を付けていた人物だったのだ。それをこんな形で殺されてしまったなんて、零さんからしてみれば目の前で獲物を奪われたような気になっても仕方ない。
そんな内部事情を知らない警部は、「これが2つ目の不自然な点で、3つ目は」と言って沖矢さんを指さした。

「今、あんたはサラッと“我々が扉を開けた”なんて言ってたが、それはつまり元々部屋のドアには鍵が掛かってたってことだ」
「っそうか、つまりこの事件は……」

ここで沖矢さんや零さん、そしてコナン君ははっと息を呑んだ。私たちの顔を見渡して、横溝警部は勿体ぶるようにこう告げた。

「そう、この事件は密室殺人事件なんだよ。犯行を隠す気が一切ないのに、わざわざ密室を作り上げた理由は知らんがな」

密室殺人事件―――その不穏な響きに、私はぞくりと背筋を震わせた。
初めて訪れたホテルの1室で、会って言葉を交わしたことのある人間が殺された。その事実に、私は今更のように恐怖心が胸の奥から全身に広がっていくのを感じていた。

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