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IoTテロによる騒動も一息つき、私達はリビングでのんびりとテレビを眺めていた。

「いよいよ火星から地球へと還ってくる、無人探査機“はくちょう”。―――皆さんこんばんは、こちらは、長野県国立天文台です!」

ニュースキャスターの声が明るい話題を告げる中、さくらさんは真剣な表情でギルバートと向かい合っていた。何か手伝えることはある?と訊いても、企業秘密だからと断られる。よくよく聴いてみれば確かにドイツの研究機関の最重要機密に違いなさそうだったので、私はそっとしておくことにした。

午後7時を告げる鳩時計の音に、博士はもうこんな時間じゃ、と驚嘆の声を上げる。

「もう遅いし、送っていくぞい!」

その提案に、テレビに夢中になっていた子供たちは一斉にブーイングを始めた。

「ええええーっ、もうすぐはくちょうが還ってくるのにー?」
「テレビ中継、見せて下さいよー!」
「そうだよ!!」

彼らにしてみれば、折角一緒に歴史的瞬間を見られるというのに、何故このタイミングで家に帰らなければならないのかと言いたいようだった。私はそれを微笑ましく見ながら諭すように言う。

「駄目よ。家で見なさい」
「そんなぁ……」
「灰原さん……」

すっかりしょげてしまった子供たちは、大人しく帰路につこうとした。けれどそこで割って入ったのは、さっきまで必死にパソコンで作業をしていたさくらさんだった。

「博士、待って。家に居てください」
「ん?どうしたんじゃ、さくら君」
「この後、コナン君と安室さんのために、協力して欲しいことがあるんです」

さくらさんはそう言って、通話中だったスマホを切った。恐らく通話の相手は安室透だったのだろう。
そう言えば、彼らは今どこでどうしているのだろうか。毛利小五郎のパソコンがNorの中継地点に利用されたことが判明し、結局彼は不起訴になったという情報はニュースで確認したけれど、さくらさんがこうして動いているということは、まだ事件は終わっていないのだと容易に知れた。

「協力じゃと?」
「ええ。これから彼らは、今回のIoTテロの犯人を追い詰めに行きます。その駄目押しをするために、死んだ人間を蘇らせたいんですって」

その目があまりにも迷いのない意志を感じさせるものだったから、私も博士も彼女が冗談を言っているのではないと理解して、顔を引き締めた。そして、と言ってさくらさんは子供たちを見やる。
ここで初めて彼女は、ふと口元を綻ばせた。

「この敏腕操縦士さんたちにも、手伝ってもらえると有難いんですけれど」

その言葉を聴いた瞬間、子供たちは弾けるような笑顔で大きく頷いた。

*****

IoTテロの影響で車のいない道路を、僕とコナン君は並走していた。

「安室さん、さくらさんは何て!?」
「ああ、はくちょうが大気圏に再突入するのは大体午後8時頃だそうだ。つまり、あと1時間弱しかないぞ!」

犯人の狙いは“はくちょう”である、とギルバートから聴いた瞬間、僕はかの探査機が何故このタイミングで還ってくる予定だったのかと舌打ちをしたくなった。

「コナン君、やはり犯人は……」
「ああ、NAZUに不正アクセスして、落とすつもりだ!!……しかし、一体どこに!?」

コナン君は焦燥感を滲ませながら叫んだ。僕と同じ、最悪の事態を想像しているらしい。

「くそっ……!―――まさか、空からとは……!」

僕はニュースで何度も見せられたはくちょうの姿を思い浮かべた。世界中の宇宙工学に興味のある人間の目を一心に集めている探査機は、現在NAZUの厳重な管制のもと、順調に大気圏に再突入する手筈を整えているはずだった。

しかし、さくらが犯人のスマホにハッキングを仕掛けた結果、犯人はNAZUの管制センターの通信をジャックして、はくちょうの軌道修正プログラムを勝手に書き換えてしまったことが判明した。
つまり、予定では探査機本体から切り離されたカプセルは太平洋に落ちることになっていたが、今はどこに落ちてくるのか犯人しか知らないという状況なのだ。むしろNAZUからの報告によれば、カプセルの切り離しが出来るかすら危ういという。

ひとまず、探査機の現在地や軌道データを基にさくらにカプセルの落下予測地点を計算してもらったところ、東経139度、45分8.405秒であると告げられた。つまりは警視庁がある地点である。
犯人は、はくちょうから切り離されたカプセルを用いて警視庁を破壊し、日本警察の威信を失墜させようと目論んでいるのだ。
犯人の狙いが僕ら公安警察への復讐であると気付いた時から、もっと早く予測しておくべきだった。

捜査会議に出席していた風見にその旨を伝えると、警視庁では現在大規模な停電が起きていて、内部は騒然となっているとの返事がきた。そこに僕から警視庁目掛けて4メートルを超えるカプセルが落下してくると告げられて、さらに大きな波紋が広がった。
本当にカプセルが警視庁の上空に突っ込んでくるのなら、警視庁の人間だけではなく、周辺の住民も至急避難させる必要がある。そこですかさず警視庁刑事部の管理官である黒田兵衛が、大型人員輸送車の手配をしろと指示を出した。

「警視庁を中心に、半径1キロ圏内で即時退避だ!」

その冷静な指示が飛んで、捜査本部はやや落ち着きを取り戻したようだった。

「探査機から切り離されたカプセルは、隕石のように落下するだけ。つまり、大気圏に突入するまでの僅かな時間しか、軌道のコントロールができません!」

風見の指摘は僕とコナン君を焦らせるには十分だった。兎に角、それまでに一刻も早く犯人の元へ行き、書き換えた軌道修正プログラムのコードを聞き出す必要がある。さくらやギルバートにも犯人のスマホを探ってもらっているが、相手も既成のソフトウェアにバグを混ぜることができるほどの技術を持っているのだ、そのコードはガチガチにロックされているだろうとのことだった。

警視庁の1キロ圏内には各省庁、公園やホテルも多く、避難人員はざっと計算しておよそ15万人にのぼる。今頃災害対策本部では、これだけの人員を避難させるための候補地の割り出しと、避難経路をまとめてくれていることだろう。
しかし、全員の避難が完了するまで待つような余裕はない。コナン君は僕に向かって打つ手はあるのかと訊いてきたが、僕は安心させるように口端を上げてみせた。

「さくらに頼んで、博士たちにも協力者になってもらうようお願いした」
「博士に……?一体、何をするつもり?」
「犯人の動機は解っている。だからこれから、死んだ人間を蘇らせようと思ってな」

僕の不敵な笑みを見て、コナン君は訳が解らなさそうに首を傾げた。

*****

阿笠博士の家の屋上で、私は3人の子供たちと目線を合わせて微笑んだ。

「それじゃ、元太君、歩美ちゃん、光彦君。頼んだわよ」
「おう!まっかせとけー!!」
「あたし達、きっとさくらお姉さんの役に立ってみせるから!」
「何せ僕達は、“ドローン飛ばし隊”ですからね!!」

私が突然依頼した“お手伝い”を、子供たちは何の躊躇いもなく引き受けてくれた。彼らが操るドローンは、滑らかに飛翔してその黒い機体をそれ以上に黒い闇の中に紛れ込ませていった。
これからあの機体が向かう先は、パニックの真っ只中にある警視庁の上空である。
哀ちゃんは私の隣でドローンが飛んで行った夜空を見上げ、小首を傾げた。

「さくらさん、これで本当に犯人は書き換えたコードを教えてくれるかしら?」
「解らないわ。でも、今回の一連の犯人の動きを見る限り、きっと犯人は自分なりの正義感をもっている人間のようだから、賭けてみる価値はあるでしょうね」

テロを引き起こしたり公安警察を死傷させたり、一見すると正義なんて言葉とは無縁そうに見える犯人だが、あくまでその目的は公安警察への復讐なのだ。無関係な一般人は出来るだけ巻き込むまいという意思が、その犯行からは窺えた。
そうと確信したのは、毛利さんが送検されてから起訴されるまでの言動があまりにも不自然だったこと、そして今日、私の予測した通り毛利さんの無実を証明するために、同じ手口でIoTテロを引き起こしたことを知った時だった。

であれば、この零さんの仕掛けはきっと、犯人にとって最も有効に作用するはずだ。

(零さん、コナン君……、どうか間に合いますように)

私は半ば祈るような気持ちで、作業を再開するためにパソコンの前へと引き返した。


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