オペラ語り(神々の黄昏/ラグナロク)

ワーグナーの楽劇の中でもトップクラスの知名度を誇る「ニーベルングの指環」。北欧神話をベースにしたラブストーリーで、序夜「ラインの黄金」第1夜「ワルキューレ」第2夜「ジークフリート」第3夜「神々の黄昏」の全4夜からなる超大作です。4部作を一気に上演しようとすると15時間以上かかるらしく、普通は1夜ずつ分けて上演されることが多いかな。

楽劇(オペラ)って聴くと古臭いとか堅苦しいとかいうイメージがあるかもしれませんが、本来は誰もが気軽に楽しめる娯楽だったんですよね。今で言うアーティストのライブ的な。だから今回、コロナの影響で無観客公演になってしまい、YouTubeで無料公開に踏み切ったことは劇場側からすると大損なんですが、日本のオペラ史的にはとても画期的な試みになったと思います。ワーグナーの楽劇を1万人以上の人がライブで見ながら、Twitterで大喜利やツッコミを交えつつ実況を繰り広げるなんて、今までの日本のオペラ史観では考えられなかった楽しみ方ではないでしょうか。今回の公演を通して、これが怪我の巧妙になればいいなと祈っています。もちろんDVDは買います。

詳細なストーリーはWiki先生にお願いするとして、オペラには「ソプラノとテノールの恋をアルトとバスが邪魔する」という基本構文があります。この「神々の黄昏」もその例に漏れず、ソプラノ(ブリュンヒルデ)とテノール(ジークフリート)の恋をバス(ハーゲン)が引き裂き、富と権力の象徴である「ニーベルングの指環」を奪おうとする物語です。これがこの物語のキーアイテムであり呪いの装備で、これを持っている人は漏れなく皆不幸になります。

1周年企画の「Die Walküre」の後書きで書いたように、ジークフリートとブリュンヒルデは第2夜「ジークフリート」のラストで恋に落ちます。しかしジークフリートはハーゲンの策略によってブリュンヒルデの存在を忘れ、別の女性(ギービヒ家の当主グンターの妹・グートルーネ)と婚約することになります。一方のブリュンヒルデはグンターの花嫁としてギービヒ家に連れてこられ、目の前でジークフリートが別の女性とイチャイチャしている所を見せつけられることになります。当然、怒ったブリュンヒルデはジークフリートの不実を詰りますが、記憶のないジークフリートには濡れ衣としか思えません。あくまで潔白を主張するジークフリートに、裏切られたと感じたブリュンヒルデは復讐を決意します。そしてブリュンヒルデ自身の力によって不死身の体となったジークフリートの弱点は背中であると、罠とも知らずにグンターとハーゲンに告げてしまいます。
ジークフリートの持つ指環が欲しいハーゲンは、グンターを唆してジークフリートを殺すよう迫ります。妹を哀しませたくはないもののハーゲンの言葉も無視できないグンター。煮え切らない態度のグンターに見切りをつけ、ハーゲンは自らジークフリートを背後から襲って殺してしまいます。ジークフリートの葬儀でグートルーネが嘆きながらハーゲンとグンターを責めるのを聴き、ようやく事情を悟ったブリュンヒルデは、指環とジークフリートの亡骸と共に焼かれることを望みます(ブリュンヒルデの自己犠牲)。
こうしてギービヒの館を覆ったローゲの炎はやがて天界のヴァルハラにも届き、最高神ヴォータンをはじめとする神々の世界も炎に包まれて崩壊します(ラグナロク)。焼け残った指環はハーゲンの手に渡ることなく、ライン川の水底に戻っていきました。「愛と救済の動機」が流れ、長い物語の幕が下ります。

この「ブリュンヒルデの自己犠牲」の時に「ワルキューレの動機」が流れるんですが、これがもう鳥肌ものでした。第1夜「ワルキューレ」で父ヴォータンによって神性を剥奪され、人間の女のように男たちの思惑に翻弄されるしかなかったブリュンヒルデが、最後の最後で戦乙女ワルキューレとしての誇りを取り戻し、ジークフリートと共に死んでいく。この物語はどっからどう見ても悲劇なんですが、ラストが「愛と救済の動機」と名付けられているように、実はブリュンヒルデという女性の救いの物語でもあるんですよね。ここでのオーケストラとプロジェクションマッピングの演出も、余韻を感じられてよかったなあ。

さっきから繰り返している「動機」という言葉について。これは「リズムやメロディ、音楽を形作る音のまとまりの中で最も小さい単位」という意味の音楽用語です。要するに一番小さい「意味」を持つ旋律といったところでしょうか。そしてワーグナーの基本的な作曲技法である「指導動機(ライトモチーフ)」とは、「ある人物、場面、感情などを表わす動機」をいいます。「愛の動機」とか「ワルキューレの動機」とか、「指輪の動機」とか様々ですね。
1周年企画のサブタイトルにも「○○の動機」という言葉を多用しましたが、これは「犯行の動機」という意味の他に、この「指導動機」という意味も含ませています。ちょっとでもワーグナーっぽさを出したくてこんなサブタイトルにしたんですが、気付いてくれた人いたかな〜(笑)。
この指導動機というテクニックは物語を作る上でも非常に効果的で、私も小説を書く時に多用しています。DCみたいに登場人物の多い作品でも、この技法を使うことで簡単にキャラ付けできるので、めちゃくちゃ使い勝手がいいんですよね。例えば「2進数の恋」だったら「小さなクリック音が鳴る」とか「チェリーレッドの唇を綻ばせる」とか、そのフレーズを見ただけで誰が主語なのか解るように、意図的に同じ表現を繰り返すようにしています。

若干話がそれましたが、普段そこまで触れ合う機会のないクラシック音楽やオペラといった芸術に、コロナウイルスの影響で幸か不幸か気軽に触れることが出来て、私はとてもいい体験をしたと思いました。劇場に行くんだったら少しはオシャレして化粧して、ってしないといけないと思いますが、家のPCの前で見るんだからスウェット着てお酒とおつまみ片手に観てても許されるんですよ。こんな機会滅多にないよね。改めて、YouTubeでの無料公開に踏み切ってくださった関係者の方々に、そして無観客の中でも見事に演じきってくださった出演者やオーケストラの皆様に、心からの感謝の気持ちを贈りたいと思います。画面越しの拍手喝采が、「びわ湖リング」を作り上げた皆様の心に少しでも届くことを祈っています。

2020/03/15 23:57