ふわふわのわたあめみたいに




入学式が終わって、神楽ちゃんと沖田くんは銀八先生に起こされていた。
「先生はお前らがうらやましいよ!リア充!」と少し涙目になりながら走り去っていった。悲劇のヒロインのように。
その後は、大体想像できるだろうが、神楽ちゃんと沖田くんは相変わらずツンデレなわけで、二人ともイスをぶんぶん振り回して回りに多大なる迷惑をかけて、暴れていた。

「水城さん?」
「はぃい!」
「水城さんですか?やっぱり水城さんですよね!」
「えっとどちらさま?」

知らない子に声をかけられて、驚いて声が裏返った。その子は顔がとってもとってもとっても整った子だった。イケメンだった。
じゅるり、とよだれが垂れるのを我慢して、「なに?」と聞き返すと目をきらっきら輝かせていた。

「覚えてないですか!中学のとき俺、水城さんに告白したんですけど」
「えっ!?」

告白されたの!?覚えてない覚えてない!で、なぜ私は今ここにいて、彼とラブラブではないわけ?そこから考えられる可能性は、私がミスを犯してしまったということ。
私が、彼を、フッてしまったということ。
最悪だァァァァ!なんでこんなイケメンを…!うぅぅ…と打ちひしがれていると彼は笑いながら「相変わらずですね」と言ってくれた。

「相変わらず面白いですね水城さんは。そういう風にころころ変わる表情が面白くて、俺告白したんですよ」
「え…あ、そう?面白い、ハハハ面白いかよく言われるよ〜」

可愛いとかそういう理由じゃないんだ。ちょっと期待して損した。

「水城さん、俺まだ……  、」
「うお!?」

名前の知らない彼が私のことを呼んでくれている。が、私は今それどころではない。
彼が思っているよりも私は今やばい状況にいて、心臓の音がばくばくとうるさい。
高杉が、なぜか怒っていて、彼の言葉を遮ってまで、私をどこかへ連れて行こうとしていた。その表情から何を思っているかは感じ取れなかったけど、明らかにイラついているのが分かった。

「高杉?ちょっと高杉どこ行くの!ねぇ、私まだあの人と話してッ…」

頭に降ってくる鉄拳。拳で頭を殴られたワケではないけれど、それと同等の痛みが私の頭を襲った。
チョップされた。高杉にチョップされた。

「な、なんでチョップすんの!アホみたいな扱いしないでよ、私は今怒って――」
「お前だけが怒ってると思ってんのか?」
「知らないよ!大体、なんで高杉が怒ってるのか分かんない!」

ついムキになってそんな言葉が口からぽろぽろとこぼれ出る。それから高杉は私をきっとにらみつけた。
その視線が痛くて、今まで高杉にされたことがないもので、怖くて、背中の毛が逆立った気がした。目からは生理的な涙がこぼれる。
その涙を拭う、なんて高杉は絶対にしない。放っておくだろう。声をあげてはダメだ、逆に彼を怒らせるだけ…。そう思って、嗚咽が出ないように努力はしたけれど、その努力も空しく、嗚咽出て、うまく呼吸ができない。
舌をうつむいて、ごしごしと目元をこする。今、高杉がどんな顔をしてるか、確認することさえできない。
私が高杉に何をしたか分からないし、何でアイツが怒ってるかも分からない。罪悪感と同時に怒りがこみ上げてきた。涙はあふれる一方で、こする腕は勢いを増した。

「ご、ごめ…っなさ…い……っく、悪いことしたなら、謝るッ、から…」

ごめんごめんと繰り返し謝った。それはもちろん謝罪。それで高杉が許してくれるか分からないし、どうなるかも分からない。
別に私には謝る理由はなかったから謝らなくてもよかったんだろうけど、謝らなかったら、きっと高杉に嫌われてしまう。今までのように一緒にはいられなくなる。
そう思ったから、口から自然と謝罪の言葉がでた。

「ごめ…ッたァ!な、に…」

ごめんと謝る私のおでこを今度はデコピンした。
それからくぃっと私の顎を持ち上げると、親指でそっと涙をぬぐってくれた。
それが嬉しくて、目尻にたまっていた一粒の雫が零れ落ちたとき、

チュッ

リップ音を立てて、私の唇から、彼のそれは離れた。
一気に顔が赤くなる私を見て、高杉はふんと鼻で笑い背中を向けて、私から離れていった。
高杉がなんで怒ってたのかもまだ分からないし、許してくれたかも分からないけど、
さっきのあれはきっと彼なりの仲直りだったんじゃないかなって私は思う。
あとで私は、キスまでして、私たちの関係はどんどんワケのわからない方向へ向かっていって、こんなふわふわした関係でいいのだろうかと私は頭を悩ませることになる。


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