2.「きっかけ」

「神、名字のこと頼むな!!じゃ、また明日!」
宮さんは俺に名字先輩を家まで送るように言うと、電車の時間があるからと言って足早に駅に続く道へと走って行く。
それを見送るように宮さんの姿を見ていると、「お待たせ。」と職員室へ鍵を返して戻って来た名字先輩の声に俺は振り向いた。

「宮、帰ったの?」
「はい、ついさっき。」
「そう。じゃ、私たちも帰ろっか!」

名字先輩の言葉で俺たちは歩き出す。

夏がもうすぐ近づくこの季節、夜も8時半を過ぎようとしているこの時間では空は既に真っ暗だ。
住宅街のこの道は、街灯と月明かりがアスファルトを照らしていた。

「神君今日は自転車じゃないのね」
「そうなんですよ。朝、雨が降ってたんで今日は歩いて来たんです」
「なーんだ、後ろに乗せてもらえるかもってちょっと期待してたのに」
名字先輩は残念と言いたげな顔をして言ったが、直ぐに急に真剣な表情へと変わる。
その様子に気づいた俺は「先輩?」と問いかけると、先輩は急に足を止め「ちょっと寄って行かない?」と少し先にある公園を指さした。

公園内に入り辺りを見回すとこの時間のせいか人っ子一人いない。
先輩は近くにあるベンチに座ると「神君も座って」と促され俺は少し間を開けて腰を下ろした。
「ごめんね急に。」
「いえ、大丈夫ですよ。」
正直何事だろうかと最初は思ったが、きっと何か話があるのだろうと思い先輩が言葉を発するのをジッと待った。

「さっきの続きなんだけど・・・」
「さっきのですか?」
「ほら、監督に否定的な言葉言われたってやつ」
その言葉を聞いて先輩の顔を見ると先程した真剣な顔つきで俺の事を見てきた。
宮さんの登場で聞くことが出来なかったことを話してくれるのだと分かった。

「神君さ、バスケは好き?」次に発した言葉が意外過ぎて俺は目を丸くした。
考える必要もない質問だったが予想外の問いに俺は直ぐに言葉を発せずにいると先輩はニコッと微笑んで言葉を続けた。

「朝早く来てシュート練習してるでしょ?」
「・・・え?なんでそれを」
「神君が入部して直ぐだったかな?たまたまいつもより早く朝練に言った時たまたま見たの。
 すごい真剣に練習してたから直ぐに声をかけないで見てたの」

そういえばと思い出した。
あれは3週間前だったろうか。
朝早く目が覚めて早めに学校に行った日。俺は誰もいない体育館でシュート練習をしていた。
中学では一番背が高いからという理由でセンターになった為、練習中や試合などではロングシュートを打つ機会はなかったが練習前に毎日やっていたのだ。
最近では吹き飛ばされる日々に少し嫌気が差し始めてたから、少しでも自分のモチベーションを上げようとその日を境に朝早く来て以前のように練習することにしたのだ。

「すごく綺麗なフォームだったから驚いちゃったよ。」
「いえ、そんな・・・」
「そんなことあるよ。もっと自信をもって!折角のいいもの持ってるのに生かさないのは勿体ないよ。
 ・・・で、私がこんなこと言うのもなんだけど言わせて欲しいの。」
そう言うと、一呼吸置いてから先輩は言った。

「神君、シューティングガードでレギュラー目指してみない?」

***

名字先輩を分かれた俺は自宅へ向かう間、先ほどの先輩との話を思い出していた。

「え?シューティングガードですか?」
「そう。シューティングガード!まだ全然安定してないけどきっと素質はあると思うの。
 だって神君は努力出来る人でしょ?じゃなきゃ、ポジションでもないロングシュートの練習毎日出来ないもん。」
「あれは自分のモチベーション維持の為で。。。」
先輩に誉め言葉を言われても実際俺がロングシュートの練習をし始めた理由が理由なものだから、なんだか情けなくて下を向いた。
その様子を見てしばらく先輩は黙っていたが急に立ち上がると

「明日いつもの時間に練習するんでしょ?」
「え?!あ、はい。行きます。」
「じゃあ、明日朝6時に体育館ね!」

といい、先輩は公園の出口へ向かって歩いていく。
取り残された俺は少しの間何が起こったのかわからくなって呆然としていたが、気づいた頃にはすでに先輩の姿はなかった。


「シューティングガードか・・・」
考えたこともなかった。
当然俺はセンターでバスケを続けていくもんだと思ってたから。
けど、考えてみると絶対センターじゃないと嫌だという気持ちも不思議と無かった。
バスケを取り上げられるわけじゃない、もしロングシュートがいつの日か俺の武器になるのだとしたら。。。
そう思うと明日のシュート練習が一気に楽しみになった。


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