gift小説 | ナノ

 

朝は、寒さと共にやってきた。
既に、昨晩愛し合った相手は隣には居らず、ベッドにぽっかりと一人分の隙間が空いている。
平生と変わらない日常、シャワーを浴びてから出勤する事にした。


シャワーを終えていつものシャツを着ると、ややふんわりと香る。
どこかで嗅いだ事のある、でもほんの一瞬の事で思い出せない。
不思議に思ってスーツを羽織る。
矢張り、ほんの一瞬だけ。でも二度目にははっきりとわかった。

彼の、チョッパーの残り香。

昨夜抱き締めた時の心地良さがやってくる。
気になって、寝室に行ってみる。
寝具のシーツに顔を埋めても、また同じ。

嬉しいような、哀しいような。
確かにチョッパーは此処に居た、でも今此処には居ない。
嗚呼居るような錯覚に陥ってはいけない。
お互いいつ死んでもおかしくない身の上なのだ。
会いたい、だなんてもっての他。
嫌でも悪い考えだけが堂々巡りを続けて「起こり得る」現実を突き付けてくる。
ぐらり、と視界が歪むのがよくわかった。

「よーサンダーヘッド!…っておい、どうしたんだ!」

気が付いたら彼は目の前に居て、何がなんだかわからなくなった。
ただ覚えているのは、あの香りがずっとしていた事だけ――



「今日は待機だからちょっかい掛けに来たけどよ、こんな事になってるとはなぁ」
机の上に珈琲カップを二つ並べて向かい合う。
背もたれにもたれかかり、珈琲に口付けながら彼は苦笑する。

「で、どうしたよ」
ことん、とタイミング良く珈琲カップが音を立てる。
特に何も云える訳もないのに、口だけがもごもごさせる。
何十回目のまばたき。
開けば目の前の相手は深い溜息を吐いた。

「お前も俺ぐらいおしゃべりになれよな」「なりたくはないな」
「云わなきゃわかんねぇだろ石頭、」「石頭って呼ぶな」
「…寂しいのか」「………。」「図星だな、」
見透かせた、とでも云うように笑みを浮かべた。
えぇ図星ですとも、いとも簡単に知られる自分の考えに嫌気が差した。

「…どうして」
「長いこと一緒に居たら大体わかっちまうよ」
「そうか…」
「全部だなんて言い切りはしないけど、何となくな、何となく」
湯気の立たない珈琲をそっと口付ける。

「甘――ッ!」

ただ甘いだけではない、明らかな白砂糖の塊が口内に残っている。
甘さに堪えられない訳ではないが、長時間この塊を残しておこうとは到底思わない。
珈琲を持ってきたのは彼だ、平然とした表情でこちらを見ているのが、恨めしい。
「馬鹿チョッパー!」
食堂から水でも貰ってこようと部屋を出よう動き出すと、背後から肩を掴まれる。
なんだ、と声に出すこと無く振り返ると、キスされる。

強く唇を押し付けてくるので口を開いてやると、珈琲が流れ込んできた。
一度唇を離して不快感を飲み込んでから、またキスをする。
逃さないように、しっかりと抱き締めて。
いや、目の前で消えないように、というのが正しいかも知れない。
「んぁ…っふ、」
壁に追い詰めて、気が済んだ頃にはお互い息が上がり、彼は少々疲れた様子故、倒れてしまわぬよう股に膝を入れてやれば、楽そうに力を抜いた。

「下手くそ…」
「へへ…たまには良いだろ、」
苦言を呈すと悪戯な笑みを浮かべてくる。
わかりやすい、彼なりの行動だなんて今更気付く。


「俺だって寂しい時はあるさ」

「抱き締めてほしーとか、やりたいなーとかよ…まぁ、たくさん。」

それがだんだんと恥ずかしがるような、嬉しいような表情へと変わっていく。
相手をじっと見つめるその瞳を見つめて、告白にゆっくりと耳を傾ける。

「こういう寂しさって、お前が好きだからあるんじゃねぇのかな。」


「…寂しさも、恋の一部じゃねぇの」


そんな単語が彼の口から出てくるとは思わなかった。
何故だか自分も熱くなってくる。
恥ずかしそうにそっぽを向く可愛い恋人に、軽くキスをした。


「だから、そんなに不安がったりするなよ」
「…そうだな。」
「だろ」
「お前にしては良い事を云ってくれる、」
「それは一言余分だっ!」


触れ合う体が心地よい。
でもどうしても抱き締め合えるこの時が続いてくれと思ってしまう。
少々わがままなのかも知れないが、今だけでも許して貰いたい。


「今日は待機だったな」
「えっ、お前何や、っ!」
「一日お付き合い頂こうか」
「馬鹿、うんもすんもねぇじゃねえか……愛しているぜ、」


お前の可愛らしいキスひとつで伝わってくる、愛で寂しさを少しでも多く消し去っておくれ。

…だなんて云える訳もなく、私もそっとキスを返してやるのだ。






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