gift小説 | ナノ



「君のせいだぞ!こんなにびしょ濡れになっては帰れない!」

「だーかーら、悪かったって!今こうやって乾かしてるだろ?」

「最悪だ!海水はベタつく!」


海に入る予定は無かったサンダーヘッドだったが、気づいたら海に入って取っ組み合いをしていた。

濡れたシャツが肌に張り付き、何とも気持ちが悪い。
その気持ち悪さも加わり、サンダーヘッドはイライラしながらチョッパーの隣に座って夕日を眺めていた。

真西のビーチのため、目の前にはまさに今海に溶けようとしている太陽がある。

健康的なチョッパーの肌の色も、陽に照らされて真っ赤に染まっていた。
だが、少し唇を尖らせて俯いている。


「………悪かったよ。そんなに怒ると思わなかったぜ」


チョッパーは叱られてる子供のように背中を丸めて呟いた。
身体の大きいこの男が、変に小さく見える。

「でも…その、息抜きには、なったろ?」

息抜き。

そう言われ、サンダーヘッドはハッとしてチョッパーを見た。
急に目があったチョッパーは肩をビクつかせ、さらに小さくなった。

「えっと…、なってなかったら…ごめんな」

チョッパーは息抜きにとサンダーヘッドを誘ったのだった。
生真面目なサンダーヘッドは、仕事のことを考えているのが9割のような男だ。
休みや非番でも部屋にいることが多い。
さらに最近はこの戦争のことが気になるのか籠りがちであり、廊下ですれ違ってもなかなか挨拶を返してくれなかった。
…元々無視されることの方が多かったのだが。


「…悪かった。私こそ少し言い過ぎたようだ」

今度はサンダーヘッドが俯いて謝った。
その様子にチョッパーが慌てる。

「い、いや、いいって!このくらい大したことねーからよ!」

チョッパーの声が止むと、波の音だけが耳の奥に届く。
長い沈黙の後、サンダーヘッドが口を開いた。

「今の私は、息抜きが必要に見えたか?」

目を閉じ、ため息混じりに訊く。


「…何て言うか…。顔色が悪かったな」

「顔色?」

「ああ。元気ねぇなって」


チョッパーの答えに、またサンダーヘッドは小さくため息をついた。


「……たまに眠れなくなる」

サンダーヘッドがそう言うと、チョッパーは素早く彼の顔を見た。

「この戦争のこと、君たちのこと、自分の役割…。そして、帰らない者たちのこと。眠ろうとする前に、一気に頭の中を駆け巡る」

「……………」

「私は君たちの道しるべだ。だが、ユークトバニアに君たちを案内することに、私の心の何処かで止めが入るような気がする」


普段はそんな様子など見せない彼が、今は背中を丸めて薄く開いた目で夕日を見つめながら心の内を話している。

誰よりもウォードッグ隊の近くで飛ぶ彼の目に写るのは、勝利に湧く戦場の味方と、燃えながら落ちる敵機。
そして、疲れた体で飛び続ける“彼ら”だった。

管制官でもある彼も、“彼ら”と共に戦っている。


「…お前は心配しすぎなんだよ」

チョッパーはそう言ってサンダーヘッドの肩を軽く叩いた。

「こんな下らねぇ戦争はさっさと終わらせる。その為に俺たちがいるんだ」

「だが―――」

「味方も死なせねぇし、俺たちも死なない。この砂浜を赤く染めるようなことは、させねぇよ」

チョッパーは顔を上げ、少し胸を張った。
その横顔は自信に満ちていて、頼もしさを感じる。
空でも地上でもお喋りな彼だが、彼が一緒にいるだけで妙な安心感が生まれるのだった。
こうして、サンダーヘッドが普段なら絶対言わないはずの思いがポロポロと口から出てしまうのも、相手が彼だからなのだろう。

「もっと俺たちを信じろって!」

そう言うと、チョッパーは得意気にニカッと笑った。

つられて、サンダーヘッドも口角を少しだけ上げる。
ほんの少だけ…、無意識に。

「俺のこと頼ってくれよな。お前が悩んでることぐらいお見通しなんだよ。いつも見てるしな」

サンダーヘッドの目が、少し見開いた。
チョッパーは話続ける。

「俺たちは一緒に戦う仲間だけど、その前に…ダチだろ?」

チョッパーは独特の人懐っこい表情で手を差し出した。
握手、の仕草だった。

だがサンダーヘッドは差し出されたチョッパーの手首を掴むと、彼を引き寄せた。



「友人でなければ駄目か?」


サンダーヘッドの言葉と共に、引き寄せられて体勢を崩したチョッパーの唇には、一瞬、柔らかい感触がしていた。





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