half asleep [1/2]
皆が寝静まった頃、喉の渇きを覚えてキッチンへ足を運ぶと、そこには何とも珍しい光景が広がっていた。
「サンジ…?」
そっと呼びかけてみたが返事はなく、肩が静かに上下するだけだった。
(寝てる…)
サンジが突っ伏しているテーブルの上には、何度も書いては消した跡が残る紙がたくさん散らばっていた。
思案している内に落ちたのだろう、足元にあった一枚を拾い上げれば、簡単なイラストに食材や調理法らしきものが書き込まれている。
しかし専門用語が多すぎて名前には半分も意味が解らなかった。
(コンフィってなんだろう…)
明日出るかな?と未知の料理に胸を躍らせながら紙をテーブルの上に置くと、うっかり触れてしまったのかサンジが身じろいだ。
「ん…」
「!」
すぐ側から漏れた吐息に驚いて、名前は思わず声が出そうになるのを両手で抑えた。
恐る恐るサンジの様子を窺ったが相変わらず規則正しい寝息で、どうやら起こしてしまったわけではないようだ。
ホッと胸を撫で下ろしてから改めてサンジに目をやると、俯せているせいかいつもより髪が乱れていた。
普段、服装も髪もしっかりと整えているサンジの無防備な姿が珍しくて、ジッと眺めているとジワジワと好奇心がわいてきた。
(どうなってるんだろう…)
ずっと気になっていたそれは、いまだクルーの誰も見たことのない領域。
さらさらと流れる金糸の奥を暴きたくて、名前はサンジの顔を覗き込んだ。
(あ、まつ毛…)
不思議な形の眉毛と下を向いたまつ毛は動く気配もない。
こんなに間近で繁々とサンジの顔を眺めたことはないので、段々と胸が高鳴ってきた。
鼓動を静めるために一呼吸おいてから、真っ直ぐ伸びた鼻筋の向こう側へ手を伸ばした。
しかし、あと少しで前髪に触れるというところでサンジとパチリと目が合ったのだ。
「こら」
「!?」
咄嗟に飛び退いたけれど逃げる間もなく、腰を掴まれてバランスを崩した名前は慌ててテーブルに手をついた。
「何してたの?」
寝起きのはずなのに何故そんなにも素早いのか。
混乱した名前は、もっと前からサンジの目が覚めていた可能性に気付きもしなかった。
サンジはテーブルに肘をついてから舐めるように見上げてきた。
その瞳はまるで責めている様にしかめられていて、名前は慌てて声を上げた。
「あ、あの…っ」
「寝こみを襲うなんて悪い子だね」
「えっ!?」
襲うなんてとんでもない。
ただ謎に包まれた、その前髪というベールを剥がしてみたかったのだ。
決して危害を加えようとした訳ではない。
しどろもどろでそう説明しても、相手の許可を得てないんだから夜這いだよ、と笑顔で返されてしまった。
「よ、よよよばい…」
「名前ちゃんがそんな大胆だったとは、知らなかったなぁ」
「うぅ…」
掴まれた腰を更に引き寄せられて、名前はいつの間にかサンジの太ももに乗り上げていた。
もちろんサンジの力に敵うはずもなく、傍から見れば“サンジに襲いかかる名前”の図が完成してしまった。
こうなってしまっては、諦めるより他になかった。
「勝手に見ようとして、ごめんなさい…」
「……それだけ?」
「えっ?」
自分なりに精一杯、謝罪の気持ちを込めたつもりだったが、サンジのお気に召さなかったらしく物欲しげに見つめられた。
更なる謝罪の言葉を探して狼狽えていると、痺れを切らしたサンジが再びテーブルに突っ伏した。