「器量もあって、見た目も悪くないのに…」
「すぐキレるからなぁ…」
まるで心配する親のような二人は、あの雑用を特別な風に思っているようだ。
たかが雑用なのに、よほどお気に入りなのか、それとも何かに秀でているのだろうか。
不思議に思っていると、知りたいか?知りたいだろ?と二人はおれの肩を掴んだ。
確かに異質な感じはするが、そこまで興味もない。
そう言っても、人の話を聞くような連中なら、おれは今こんなことにはなっていない。
新たなコップを手渡されて、おれのトンズラ計画は失敗に終わった。
「あれはちょうど一年くらい前のことでよぉ…」
そう始まった昔話は要するに、あの雑用――名前とやらが船長に勝負を挑んできて、当然あっさりと負けたけど、船長に頼み込んでムリヤリ乗船したという話だった。
「あれは凄かったよなぁ」
「あぁ、あんな小さいナリでオヤジに挑むなんて、なんかの冗談かと思ったぜ」
「はぁ…」
いつの間にか周りには他のクルーたちも集まっていて、隊長たちの言葉に賛同して口々に感想を述べる。
正直、おれはあんまり興味がなかったので、生返事しかできなかった。
「“頼もーう!”ってお前は道場破りかってな!」
リーゼント隊長のツッコミにドッと起こった笑いの中心で、二隊長に挟まれたおれだけ苦笑いだ。
「あれは、エースの上をいったよな〜」
「おれが何だって?」
そう言って更に輪に加わったのはワカメヘアーの男で、楽しそうにリーゼント隊長の横に腰を下ろした。
「おう、お前と名前の伝説の殴り込み事件の話だ」
「また、その話かよー!」
どうやら毎度この話題でからかわれているらしく、ワカメはうんざりした様子だ。
あ、この人も隊長だった…
「いつの話してんだよ、もういいだろ!?」
「いーじゃねーか!似たもの兄妹ってことで!なっ?」
「全然、嬉しくねえーよ」
きょうだい?
なるほど、それであの雑用も一目置かれているのか。
勝手に心の中で納得してグラスに口を付けていると、標的を変えたのか二隊長はワカメ隊長への冷やかしを増長させた。
「エースを返せー!って乗り込んできてよぉ」
「いいねー、愛されてるねー」
「うるせー!」
「オヤジは取り返したきゃおれを倒してみろってな」
「オヤジはノってやったんだなー」
そんな昔話を酒の肴に盛り上がっている集団を、冷ややかな目で見るおれ。
って、これ逃げられるんじゃね?
そう思ったおれは、気付かれないようにジリジリと場所を移動した。
そして、これなら抜け出せると思って腰を上げた瞬間に、誰かにぶつかった。
振り返ると、いつの間にか禍々しいオーラを発したあの雑用が仁王立ちしていた。
「なんの話してんの?」
「おう、名前!お前の伝説のエース争奪事件のことだ!」
さっきとタイトル違くなってるぞ。
そんなおれの心のツッコミなど誰にも届くはずもなく、雑用は先ほどのように皿を構えた。
「新入りになに教えてんの!しかもエースまで一緒になって!」
「は?おれは、なんも…」
「うるさーい!!」
うるさいのはお前だ。
そんなおれの心のツッコミなど以下略。
ワカメ隊長とリーゼント隊長の間をすり抜けた皿は、船べりにぶつかって粉々になった。
「名前が切れたぞー!!」
「逃げろー!!」
みんな慣れているのか、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
咄嗟のことで出遅れたおれの後頭部には、見事にコップが直撃した。
非常に痛い。
「新入りー!アンタも黙って聞いてんじゃないわよー!!」
更に訳の分からない因縁をつけられた。
おれ、なんでこの海賊団に入っちゃったんだろう…
2015/02/03
ホントどうして海賊になんてなったのよ、と思われるほどの無気力モブを目指しました。