Rachel

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「あれ?」

それから、どれほどの時が経ったのだろうか、気が付いたらリルは岩場に打ち上げられていた。
辺りを見回すと、先ほどまで大荒れだった海は、まるで嘘のように静まり返っていた。
濡れた体に微かに風を感じて、寒気よりも喜びを覚えたリルは、頭上に神々しく光る新円を見上げた。

「もしかして、あれが…太陽…」

夜だったはずなのに、明かりを灯した深海よりも明るくて、いつの間にか朝を迎えてしまったのだと勘違いしていた。
しかし、絵本でしか見たことのないリルには、太陽と月の違いも、昼間の陸がもっと明るいことも知らなかった。

「きれい…」

その大きさと明るさと美しさに、時も忘れて見惚れた。
だから気が付いたのは、それが呻き声を上げた時だった。

「うっ…ぅ…」
「え?」

驚いて周囲に目を見遣ると、少し離れた所に男がうつ伏せで倒れていた。
こんな島とは言えないほど小さな岩場に、自分ひとりだけだと思っていたリルは驚いて飛び跳ねたが、男はピクリとも動かなかった。

どうやらリルと同じように嵐に飲まれて岩場に打ち上げられたようで、全身ずぶ濡れだった。
一向に起き上がろうとしない男に、まさか死んでしまっているのかと近寄ってみると、あることに気が付いた。

「もしかして、人間?」

彼には尾ヒレも背ビレもなかった。
もちろん水かきもエラも、鋭い爪も牙もなかった。
初めて見る人間に、リルは興味津々で上から横から眺めた。

(魚人みたいに足はあるけど、肌の色や形はわたしたちみたい…)

里の大人たちは、まるで怪物のように話していたけれど、見た目は足を除いて人魚となんら変わりなかった。
一体どこが恐ろしいのだろうか。

そんな風にリルが夢中で人間を観察していると、いつの間にか不思議そうな双眸がこちらを向いていた。

「…え?」
「えっ?」

数拍おいてから出た言葉は互いに気の抜けたもので、リルは慌てて海に飛び込んだが、時すでに遅し。

「に、人魚…?」

身を起こした男は、リルの尾ひれをバッチリと見てしまったようで、確かめるように呟いた。
今更隠しても後の祭りだった。

(わ、悪い人だったら、どうしよう…)

このまま逃げるべきか迷った挙句、恐る恐る海面から顔を覗かせてみると、目を白黒させていた男は次第にその色を変えていった。

「君が助けてくれたの?」
「えっ?えーっと…」

もちろんリルは男を助けた覚えもなく、勝手に打ち上がっていただけだ。
しかも、気絶した彼に何の介抱もせずに、ただ観察していただけだった。

そう思うと申し訳なくなってきて、返事も出来ずにオロオロとしていると、男は目を輝かせながら近付いてきた。

「そうか、ありがとう!」
「え…?えっ?」

動揺するリルをよそに、男は嬉しそうに手を握ってきた。
先ほどまで気絶していたとは思えないほど元気だった。

手を取られたリルは、男の真っ直ぐで漲るような眼差しから逃げられなくなってしまった。

「君は命の恩人だ!」

月光を背負いながら、とても嬉しそうに笑う彼に、リルは否定する言葉を失ってしまった。

それが彼、ユーサーとの出会いだった。


それは、まるで枯れ果てた心に、光が差し込むような気分だった。

2014/11/28
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