Rachel

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貴族が帰郷する前日の晩に、魔法使いはやっと決心しました。
王宮の側の小屋へ行くと、あの日と同じように彼女は水槽の中にいました。

「あなたは、この間の…確か道具屋さん」
「いや、僕は道具屋ではない」
「え?」
「嘘をついてごめん」

手の届くところまで近寄ると、暗闇の中でも彼女の綺麗な瞳がはっきりと見えました。

「僕は、魔法使いなんだ」
「魔法?」
「そう、君をここから出してあげる」
「待って!いくらなんでも無理よ!私にはこの枷があるの!」

彼女が焦るのも無理はありません。
何故なら、この枷は無理に外そうとすれば、たちまち爆発してしまうのです。

「大丈夫、僕の魔法で外してあげるよ」

そういうと、魔法使いは持っていた杖を振りました。
すると不思議なことに、枷がひとりでに外れたのです。
もちろん爆発することもなく、彼女は驚きで目を丸くしていました。

更に魔法使いは、他の奴隷たちの枷も外し、水槽の蓋も外しました。
眠っていた奴隷たちは何事かと飛び起きて、小屋の中は騒然としました。

「おい!何をしている!?」

そんな時です、騒がしい小屋を不審に思った衛兵がやってきたのは。
奴隷たちは慌てて、一斉に逃げ出しました。
魔法使いも急いで人魚を背負って駆け出しました。
散り散りに逃げた為、衛兵はすぐには追ってこず、二人は一度物陰に隠れました。

「なんで、助けてくれたの?」

当然の質問でした。
何故なら二人は先日初めて出会ったばかりで、しかも少し言葉を交わしただけの仲なのです。
危険を冒してまで彼女を助ける義理はありません。

「だって、こんな扱い酷いじゃないか」
「でも…」
「それに、なんだか似ている気がして…」

魔法使いはとても寂しそうな顔をしましたが、人魚にはその意味は解りませんでした。

「おい!いたぞ!」
「大変だ!早く逃げよう!」

結局、追われるままに逃げた二人ですが、その最中、彼女はようやく魔法使いの言葉の意味を理解しました。

「魔法使いだ!丘の上の魔法使いだ!」
「くそっ!奴が手引きしたのか!」
「情けで街に住まわせてやっているというのに!」
「なんて恩知らずな!この悪魔が!」

そんな罵詈雑言に、魔法使いが何一つ反論しないのは、これが彼にとって常だったからです。
一心不乱に走る魔法使いに、得も言われぬ思いに包まれました。

気が付けば二人は海岸へと辿りついていました。
真ん丸の月が、海にぽっかりと浮かんで二人を照らしていました。
魔法使いは、人魚を背から下すとぎゅっとその両手を握りました。

「さぁ、ここから海へお帰り」

そして、静かに手を離そうとする魔法使いに、人魚は慌てて強く握り返しました。

「待って!あなたも一緒に海へ行きましょう?」
「何を言っているんだ。人間が海へなんて…」
「でも、あなたの魔法を使えば海でも暮らせるんじゃない?」

突然の誘いに、魔法使いは困惑しました。

確かに、魔法を使えば海で暮らすことも可能でしょう。
しかし魔法使いは、この不思議な力があるかぎり、陸の上でも海でも同じことが繰り返されるのではないかと恐れているのです。

「何を言っているの?あなたが言ったのじゃない、私たちは似ているって。少しくらい不思議なところがあったからって、誰も気にしないわ」

そういうと、人魚は自分の尾ひれを揺らしてみせました。
彼女のその言葉に魔法使いは海へ行くことを決心しました。

「ありがとう」
「それは、わたしのセリフよ」

魔法使いが杖を振ると、海面に映った月光が輝いて二人を包みました。

それから、二人は海の下で幸せに暮らしました。
めでたし、めでたし。

2014/08/27
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