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音というには、とても情緒的で、しかし歌というには、どこか稚拙で。
それはまるで子守唄のようだった。
* Sweet dreams! *
静まり返った甲板を見渡して、サンジは思わずため息を漏らした。
(ったく、しょうがねぇなぁ…)
美しい旋律に酔いしれながら酒をあおり。
美味しい料理に舌鼓しながら一発芸に爆笑して。
楽しいリズムに乗りながら肩を組んでステップを踏む。
そうやって、踊って、歌って、食べて、飲んで、笑って、いつの間にか楽しい時間は過ぎ去っていた。
あとに残ったのは散らかった甲板と煩いイビキばかり。
流石に女性陣は部屋へ戻ったようで、汚れた甲板を見てサンジは項垂れた。
(明日、ウソップつぶす)
不寝番のはずのウソップの頭を軽く蹴ってから、サンジは見張り台へのぼった。
タバコに火をつけ天を仰ぐと、今日もまた美しい月が船を照らしていた。
――あり、がとう…っ
あの日あの時、月の下で泣いていた少女は、仲間に囲まれて今日は嬉しそうに泣いた。
騒がしいクルー達の中で彼女の声はとても小さかったが、誰一人としてその呟きを聞き逃さなかった。
(泣いてるの気付いたのは、おれなのに…なぁ)
いつの間にか沢山の笑い声に囲まれている彼女を見て、釈然としない思いを抱いた自分は心が狭いのだろうか。
サンジはため息と共にタバコの煙を吐き出した。
そんな時に、ふと物音が聞こえた。
最初は寝相の悪いヤロー共が暴れているのかと思ったが、その割には随分と控えめな音だ。
むしろ大きな音が立たないように、ゆっくりと動く気配だった。
「って、リルちゃん?」
不思議に思って甲板を見渡すと、キッチンの前にリルがいた。
踵を上げてドアの小窓を覗き込む姿はいつかの満月の夜と同じ光景で、サンジは思わず笑みが零れた。
(それは、いったい誰を探してんの?)
声が漏れそうになるのを抑えながら、サンジは見張り台から身を乗り出した。
「リルちゃん!」
「!」
せっかく声を掛けたのに、リルはキョロキョロと辺りを見回して不思議そうな顔をしている。
サンジが手を振ってその存在を主張すれば、やっと頭上にいることに気が付いたようでリルは嬉しそうな顔をした。
「どうしたんだい?眠れねぇのか?」
サンジが見張り台から降りるとリルは恥ずかしそうにボードを手に取った。
“なんだか楽しくて、目が覚めちゃった”
「そうか」
今日は色々とあって疲れているはずなのに宴が楽しかったのだろう。
恥ずかしそうに笑うリルに、サンジも思わず顔が綻んだ。
「リルちゃんも、のぼるかい?」
「?」
「月が近くなるよ」
言葉の意味を理解していないらしいリルを、サンジは有無を言わさず抱き上げた。
多少強引な振る舞いに手足をバタつかせたリルだったが、サンジがロープに足をかけると固まったように動かなくなった。
「っ!」
「しっかり掴まってて」
急に移動して驚いたのだろう、リルは慌ててサンジのジャケットを握り締めた。
サンジは器用に片手でリルを支えながら、素早く見張り台へとのぼった。
「さぁ、どうぞ、プリンセス」
そっとその体を下ろすと、足がついて安心したのかリルはホッと息をついてから恐る恐る周りを見渡した。
“初めてのぼった”
「ほら、さっきよりずっと近けぇだろ?」
サンジが空を指さすと、リルは楽しそうに手を伸ばした。
リルが月に夢中になっている隙に、サンジは新しいタバコに火をつけた。
その様を見て、リルはもの言いたげにペンを走らせた。