Trick or Sweet! [2/4]
「大丈夫、痛くしねぇから…」
「っ!」
今まさに牙を立てようとした、その瞬間――
「何やってんの!」
「っで!!」
ボフンという少し気の抜けた音と共に、後頭部に痛みが走った。
実際、大した痛みではなかったのだが、背後の人物にまったく気付いていなかった男には、驚きとあいまって不相応の衝撃がもたらされた。
更に言うと、後頭部の髪にゴワゴワとしたものが絡まって、無理やり取ろうとして頭皮が悲鳴を上げている。
「なかなか戻ってこないと思ったら、まったく!」
「いてぇ、いてててっ…!」
どうやら分かってやっているらしく、後頭部のものをグリグリと擦り付けられる。
そうして、ひとしきり男の後頭部を痛めつけると、満足したのか背後の人物がそれをブチブチと引き剥がした。
(おれの髪…!)
丹念に手入れをして、せっせと整えた髪は、見るも無残にちぢれて散った。
男が涙目で振り返ると、そこには金糸が絡まった竹箒を肩に掛けて、仁王立ちする魔女がいた。
肩から胸元まで大胆に開いたワンピースにニーソックス。
ミニスカートはフワリと広がり、裾からレースが覗いている。
頭にはリボンをあしらった三角の帽子を被っていた。
「あぁ〜!ナミすわん!!僕はあなたの魔法で身も心もメロリ〜ン!!」
「はいはい」
「ぶっ!」
今度はホウキの柄が頬に見事に命中して、男は床に倒れこんだ。
その衝撃で男の口から牙の形をしたプラスチックが、床に転がり落ちた。
「これが魔法…!」
「はいはい、行くわよ〜」
「???」
「リルにもちゃんと衣装用意してあるんだから」
痛みと興奮でわけがわからなくなっているスキに、魔女が少女を連れ去ってしまった。
あとには、後頭部がチリチリになった吸血鬼と、付け歯だけが残った。
「って…」
痛む頬をさすりながら、付け歯を拾ってホコリをはらうと、なんだか空しさが襲ってきた。
とりあえず、この後頭部をどうにかしなくては、と吸血鬼は水槽に映る自分を眺めて溜め息をついた。
いったん部屋に戻るために甲板へ出ると、ちょうど男部屋からふたつの人影が現れた。
「ったく、なんでおれまでこんな格好を…」
毒づいた男の全身には包帯がグルグル巻きになっている。
その隙間から腐りおちたような気色の悪い肌と、藻のような緑の髪が見えた。
日頃よく見る格好とは違う姿のはずなのに、何故か既視感を覚えて吸血鬼は首を捻った。
(って、あれじゃ大怪我した時と同じじゃねぇか)
そのクオリティの低さを鼻で笑っていると、ミイラ男がこちらを見て、眉にシワを寄せながら舌打ちをした。
「いいじゃねぇか、案外似合ってるぞ」
ブツブツと文句を言っているミイラ男を、隣にいたフランケンシュタインが宥める。
手術痕のように、いくつものツギハギがあるその顔は、薄気味悪い緑色で、頭部をネジが貫通している。
が、何故か下半身はパンツ一枚だった。
(お化けじゃなくて、ただの露出狂かよ…)
タバコに火をつけながら甲板を横切り、男部屋の前まで行くと、ピョコピョコと音を立てたカボチャが出てきた。
「どうだ?似合うか?」
鮮やかなオレンジ色の喋るカボチャは、フランケンシュタインの足元で羽織ったマントを精一杯広げた。
そんな嬉しそうなジャックオランタンを、不覚にも可愛らしいと思ってしまった。
(よく分かってんじゃねぇか、ウソップ…)
配役を決めた彼に賞賛を贈りたい。
微笑ましい気分に浸ったまま吸血鬼は部屋へ入ろうとした。
するとジャックオランタンとは対照的に、扉の高さを越えるほどの長身の男が顔を覗かせた。