[26/71]
「てめぇの口で説明しろよ」
「ご、ごめんなさい…」
低く地を這うような声に脅えて、リルは思わず震え上がった。
周りの興味津々な雰囲気に圧倒されて戸惑っているリルの為に、と口を出したサンジとしては、それはもちろん納得のいくものではなかった。
「おい、てめぇマリモ!なん…」
「はーいはい!やめなさい」
リルを庇うように立ちはだかったサンジの前に、更にナミの影が重なる。
ナミに止められたサンジは渋々従ったようだが、どこか不満そうに顔を歪ませている。
そんないつもの風景を見て、輪から外れて微笑ましそうに見守っていたロビンが口を開いた。
「もしかして、さっきの“アレ”は人魚さんのかしら?」
「“アレ”?」
謎の指示語に、サンジとリルが不思議そうな顔をしていると、ウソップが続いた。
「そうそう、お前らを探してる時に、な?」
「変な音が聞こえたんだ!」
「“変な音”って…」
チョッパーが興奮気味に両手を広げたのを見て、サンジが呆れたようにため息をついた。
(変な音って…まさか、わたしのこと?)
確かに、船を捜すために発した声はみんなにも聞こえただろうが、それを“変”だと言われてしまうと、なんだか心が折れてしまいそうだ。
リルが落ち込んでいると、ルフィが身を乗り出した。
「あの歌、リルだったのか?」
「歌ぁ?」
「まぁ、歌っぽくも聞こえたけど…」
ルフィの発言に、みんな腑に落ちないような顔で首を捻った。
言葉を成していないあの響きを、“歌”と称していいのだろうか。
釈然としない空気の中で、満面の笑みを浮かべるのはルフィで、その顔をどこか戸惑ったような表情で見つめるリルがいた。
その屈託のない笑顔は、まるで少し前のサンジのようで…
――歌みてぇだ
「う、歌…?」
「おう!そうだ!もっかい歌ってくれよ!」
どうしたものかと視線をさ迷わせると、サンジと目が合って、バツが悪そうな顔をした。
「おれも、また聴きてぇな」
そのまま、はにかむように笑ったサンジに、また心臓がひとつ跳ねた。
周りを見渡すと、いつの間にか他のクルーたちもリルが歌い出すのを待ちわびているようだった。
沢山の瞳に見つめられて怖気付いたリルだったが、求められているという事実に次第に喜びがこみ上げてきた。
リルは、涙が滲みそうになるのを堪えながら、大きく息を吸い込んでから口を開いた。
「すげー…」
誰かの呟きが聞こえた。
先程と同じ、リルにとってはただノドを震わせているだけなのに、感嘆する音が混ざると胸も震えるのは何故だろうか。
酸素の続く限り音を紡いで、ふぅと一息はくと、突然歓声が沸き起こった。
「すげーっ!!」
「キレーな声ねー」
「これで、やっと音楽家が仲間になったな!」
「あら、じゃあ何か楽器があった方がいいんじゃないかしら?」
「えっ?えっと…その、っ」
盛り上がっている周囲をよそに、リルは一気に冷や汗が出るのを感じた。
「わたし、楽器は…」
「なんだ、なんか弾けねぇのか?」
「……うん」
「えー!?」
リルが申し訳なさそうに俯くと、ルフィはあからさまに落胆した。
しかし、その程度で落ち込むルフィではなく。
「よし!じゃあ、リルは“歌姫”にしよう!」
「ゴムのクセに、わかってるじゃねぇか!」
「“歌姫”が仲間になったぞー!」
気が付くと、甲板では宴が始まっていた。
いつの間にかリルは沢山の笑顔に囲まれていた。
自分の声が、歌が、誰かに必要とされるなんて思ってもみなかった。
求められるものは、いつも物珍しい容姿ばかり。
足手纏いでしかないと思っていたこの船の上で、役目を与えられた気がした。
名も知らぬ思いで満たされたリルには、溢れる涙を堪えることは、もう出来なかった。
こんなわたしでも、受け入れてくれますか?
隠し事をしているわたしでも、仲間と呼んでくれますか?
2012/11/22
2012/12/27 加筆・修正