Rachel

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「てめぇの口で説明しろよ」
「ご、ごめんなさい…」

低く地を這うような声に脅えて、リルは思わず震え上がった。
周りの興味津々な雰囲気に圧倒されて戸惑っているリルの為に、と口を出したサンジとしては、それはもちろん納得のいくものではなかった。

「おい、てめぇマリモ!なん…」
「はーいはい!やめなさい」

リルを庇うように立ちはだかったサンジの前に、更にナミの影が重なる。
ナミに止められたサンジは渋々従ったようだが、どこか不満そうに顔を歪ませている。
そんないつもの風景を見て、輪から外れて微笑ましそうに見守っていたロビンが口を開いた。

「もしかして、さっきの“アレ”は人魚さんのかしら?」
「“アレ”?」

謎の指示語に、サンジとリルが不思議そうな顔をしていると、ウソップが続いた。

「そうそう、お前らを探してる時に、な?」
「変な音が聞こえたんだ!」
「“変な音”って…」

チョッパーが興奮気味に両手を広げたのを見て、サンジが呆れたようにため息をついた。

(変な音って…まさか、わたしのこと?)

確かに、船を捜すために発した声はみんなにも聞こえただろうが、それを“変”だと言われてしまうと、なんだか心が折れてしまいそうだ。

リルが落ち込んでいると、ルフィが身を乗り出した。

「あの歌、リルだったのか?」
「歌ぁ?」
「まぁ、歌っぽくも聞こえたけど…」

ルフィの発言に、みんな腑に落ちないような顔で首を捻った。
言葉を成していないあの響きを、“歌”と称していいのだろうか。

釈然としない空気の中で、満面の笑みを浮かべるのはルフィで、その顔をどこか戸惑ったような表情で見つめるリルがいた。
その屈託のない笑顔は、まるで少し前のサンジのようで…

――歌みてぇだ

「う、歌…?」
「おう!そうだ!もっかい歌ってくれよ!」

どうしたものかと視線をさ迷わせると、サンジと目が合って、バツが悪そうな顔をした。

「おれも、また聴きてぇな」

そのまま、はにかむように笑ったサンジに、また心臓がひとつ跳ねた。
周りを見渡すと、いつの間にか他のクルーたちもリルが歌い出すのを待ちわびているようだった。
沢山の瞳に見つめられて怖気付いたリルだったが、求められているという事実に次第に喜びがこみ上げてきた。
リルは、涙が滲みそうになるのを堪えながら、大きく息を吸い込んでから口を開いた。

「すげー…」

誰かの呟きが聞こえた。
先程と同じ、リルにとってはただノドを震わせているだけなのに、感嘆する音が混ざると胸も震えるのは何故だろうか。

酸素の続く限り音を紡いで、ふぅと一息はくと、突然歓声が沸き起こった。

「すげーっ!!」
「キレーな声ねー」
「これで、やっと音楽家が仲間になったな!」
「あら、じゃあ何か楽器があった方がいいんじゃないかしら?」
「えっ?えっと…その、っ」

盛り上がっている周囲をよそに、リルは一気に冷や汗が出るのを感じた。

「わたし、楽器は…」
「なんだ、なんか弾けねぇのか?」
「……うん」
「えー!?」

リルが申し訳なさそうに俯くと、ルフィはあからさまに落胆した。
しかし、その程度で落ち込むルフィではなく。

「よし!じゃあ、リルは“歌姫”にしよう!」
「ゴムのクセに、わかってるじゃねぇか!」
「“歌姫”が仲間になったぞー!」

気が付くと、甲板では宴が始まっていた。
いつの間にかリルは沢山の笑顔に囲まれていた。

自分の声が、歌が、誰かに必要とされるなんて思ってもみなかった。
求められるものは、いつも物珍しい容姿ばかり。
足手纏いでしかないと思っていたこの船の上で、役目を与えられた気がした。
名も知らぬ思いで満たされたリルには、溢れる涙を堪えることは、もう出来なかった。


こんなわたしでも、受け入れてくれますか?
隠し事をしているわたしでも、仲間と呼んでくれますか?

2012/11/22
2012/12/27 加筆・修正
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