Rachel

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「リルちゃん?」

サンジが不思議そうな顔をしていたが、リルは答えずにゆっくり息を吐き出す。
それと同時にノドを震わせると、それが音になる。
音は空気を伝って波のように響いた。
静かに揺れる空気は、物体にぶつかると反射する。
耳を澄ませ、その反射を全身で感じ取っていると、小さな呟きが聞こえた。

「これは…」

声にもならないような音を聞いて、サンジが息を呑んだのがわかった。

サンジは一体どう思ったのだろうか。
心を乱してはダメだ、と思えば思うほどに鼓動は速くなる。

(集中しなくちゃ…)

もう一度、息を吸い込もうとした瞬間、大きな反射を感じた。
それは正面の海側からで、大きさからみて間違いなさそうだった。

リルは酸素が足りなくなって、深く息を吸い込んだ。
それと同時に、サンジも安堵したように息を吐いた。

「歌みてぇだ」
「う、た…?」

なんて言われるかビクビクしていたリルは、柔らかく微笑んだサンジに思わず呆けてしまった。
自分では歌っているつもりはなかったので、返す言葉も見つからない。

「それで、今のでわかったのかい?」
「あ、うん…あっちの方」

海を指差すと、サンジは流されてきた方だな…と呟いた。

「たぶん、船にもさっきのが聞こえてるハズだから…」
「そうか、気付いてこっちに来るかもしれねぇってことだな」
「……っ」
「?どうしたんだい?」

言葉を詰まらせていると、サンジがリルの顔を覗き込んだ。

サンジにこの声のことを説明したわけではない。
ましてや、先ほど正体が知れたばかりの自分をどうして…

「信じて、くれるの?」
「…どうして疑う必要があるんだい?」
「だって…」

どうして、そんな風に真っ直ぐに信じられるのだろうか。
リルは先ほどから、ずっと不思議で仕方なかった。
自分が人魚であることは疑いようがなくても、ヒレが足になったり…声のことも、不審には思わないのだろうか。

リルが俯くと、頭上にフワリと優しい感触があった。

「おれは、人魚のことはよく知らねぇけど…グランドラインには不思議なことなんてごまんとある。現にウチの船は常識外の人間がゴロゴロいるからなぁ」
「……」
「仲間を疑ったりしねぇさ。それとも、みんな嘘だったのかい?」

リルは慌てて首を横に振った。
すると、先ほどから頭上にあったサンジの手がリルの頭をくしゃりと撫でた。
顔を上げると、そこには溺れた時に見たような、黄金色の煌めきを纏う彼の笑顔があった。

なんだか恥ずかしくなって視線を外すと、いつの間にか水平線の向こうにメリー号が見えた。
ヒレはもう随分と乾いて、足に変わりつつある。

「みんなにも言う?」
「ん?」
「わたしが…人魚だ、って」
「…言いたくねぇのかい?」

みんなは隠し事をしていた自分を受け入れてくれるだろうか。
いや、受け入れてくれるだろう、あの人たちなら。
そう思えるくらいには、彼らのことを理解しているつもりだ。

少し考えてから、リルは静かに首を横に振った。
サンジは微笑んでから小さく頷いた。

夕日と共にメリー号が近付いてくる。
船が島に着く頃には、足は完全に乾いていた。

「リルーっ!!」

まるで闇を引き連れてくるようにやってきた船の甲板には、小さな手を大きく振るチョッパーがいて、リルは安堵の息を漏らした。
それは仲間と再会できたからか、それとも…

(ううん…大丈夫っ…)

リルは小さく首を振って、心の中で自分に言い聞かせた。
その姿をサンジが横目で見たいたことに、リルは気付いていなかった。

「大丈夫か!?」
「二人とも良かった、無事で…」
「ったく、心配させんじゃねーよ!」

甲板へ上がってすぐ、クルーたちに囲まれた二人は、申し訳なく思いながらもホッと胸を撫で下ろした。
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