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優しい光の中にいたのは天使じゃない。
わたしを包んだのは、温かいあなたの腕だった。
* harmony reigns *
高波に攫われて、見知らぬ小島に辿り着いたのは数十分前のこと。
突然のことでパニックになってしまったが、先ほどのことを思い出すと沸々と羞恥が襲ってきた。
(人魚のくせに溺れるなんて…)
自分でも久しぶりに見るヒレを眺めて、リルは居た堪れなくなった。
天使なんているわけない。
王子様も妖精も魔法使いも、みんな子供の頃に読んだ童話の中にしかいない。
わかっていた筈なのに、一瞬でも見惚れてしまった。
情けなくも意識を手放した自分を思い出して、リルは顔に集まる熱を感じた。
しかも、
(手にキ、ス…なんて、)
天使どころか、本当に王子様に見えたなんて、恥ずかしくて言えるはずもない。
童話と現実は違うんだ、とリルは右手の甲をぎゅっと握った。
コッソリと見上げると、金の髪をした男の人がフーっと白い煙を吐いている。
リルは赤面を手で隠しながら起き上がった。
「気分は悪くねぇかい?」
頷くと、サンジは寒いだろうと、リルの肩に自分の上着を掛けた。
確かに水に浸かった体に時折風が吹きつけている。
裾を手繰り寄せると、袖を通していないにも関わらずスッポリとおさまってしまった。
「さて、と…」
リルがジャケットの大きさに関心していると、サンジがゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、ちょっとここで待っててくれるかい?」
「どこ行くの?」
「ちょっと宝探しに、ね」
「?」
一体なにをするのかと見上げていると、すぐに戻るからと、大きな手がリルの頭を撫でた。
そして、そのままサンジは森へと入って行ってしまった。
(森に宝があるのかな…)
サンジが消えていった森を眺めていると、程なくして戻ってきた。
その腕には木の枝やら何やらが沢山抱えられていた。
「何するの?」
「火ぃ焚こうと思って…寒いだろ?」
そう言ってサンジは枝を一纏めにし、マッチを放った。
細い枝や、それに付いた葉に、パチパチと音を立てて火がともる。
「ついでに狼煙も上げなきゃな」
「のろし?」
「こうやって煙で自分の位置を知らせるんだ」
燃えゆく枝から少しずつ煙が立ち込めてきた。
その様を眺めながら、リルは無意識にサンジのジャケットを握り締めていた。
磁気の狂ったこの偉大なる航路で、ログを外れて謎の島に辿り着いた。
船もログポースもない状態で逸れた仲間を探すのは難しいだろう。
リルは今更、自分達が遭難したことを実感した。
リルがジッと炎を見つめていると、サンジが柔らかく笑った。
「そんなに流されてねぇから、すぐに見つかるさ」
安心させようとしているのだろう笑顔に、リルは心臓をギュッと掴まれたような感覚に陥った。
(みんなの船…捜さなくちゃ…)
自分が泳いで探してもいいが、すぐに見つかるかどうか分からない。
この辺りの魚たちに聞いてみてもいいが、それよりも確実な方法がある。
もう人魚であることもバレてしまった今、隠しても仕方ない。
先ほどから焚き火にあたって、段々ヒレも乾き出していることだ。
足に戻る前に、とリルは意を決して口を開いた。
「あの…」
「ん?なんだい?」
「船…さがせる、けど…」
「えっ?」
恐る恐る言うと、サンジは驚いたように目を剥いた。
「そんなこと出来んのかい?」
「えっと、その…」
「どうやって捜すんだ?」
サンジに訝しげな顔をされてしまい、リルは自分の口下手さに落ち込んだ。
自ら申し出ておいてなんだけど、上手く説明できそうもない。
説明するよりも実践した方が早いだろうと、リルは深く息を吸い込んだ。