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「大丈夫だよ」
安心させようと笑顔を作ると、リルも笑った。
しかし、先ほどから彼女を見るたびに視界に入るそれは、一体どうしたらいいのか。
リルは特に気にした風でもなく、何も言わない。
(おれが…切り出さなきゃいけねぇのか?)
それに触れるべきか、黙っているべきか。
幾らかの葛藤の後に、サンジはやっと口を開いた。
「あ〜、えーっと…」
「?」
しかし、いざ切り出そうと思っても、どう言っていいものか…
心を落ち着ける為にタバコに火をつけてから、サンジは思い切ってリルの足元を指差した。
「それ、は…?」
リルは不思議そうに足元を見た。
理解できていないのか、それとも彼女にとってなんら特別なことでもないのだろうか。
リルの足、いや腰元から伸びる“それ”を見つめたまま動かない。
「っ!!」
しばらく考えてから、やっと気付いたらしいリルは、慌てて起き上がり隠すように身を縮こまらせた。
だが、もう遅い。
しかも、
(隠れてねぇ…)
小さな体と腕だけでは、その全容を隠す事など不可能で、はみ出した“それ”が小さく震えている。
サンジは気まずい雰囲気を感じながらも、ワザと明るくおどけて見せた。
「リルちゃん、人魚だったんだね」
その言葉を口にすると、段々と現実味を帯びてきたように感じた。
突然の事に驚いて忘れていたが、人魚を一目見てみたいと思っていたのだ。
(やべぇ…鼻血でそう…)
高鳴る鼓動と出血を抑えようと天を仰いでいるサンジとは対照的に、リルは俯いたまま顔をあげない。
身を小さくして脅えるように震える様に、サンジはスッと興奮がさめるのを感じた。
先ほどまで…海に落ちる直前まで確かにあったはずの足が、今はない。
スラリと細い足に似つかわしくないあの妙な模様。
原因不明の痣は、いつも包帯によって隠されていた。
歩くと痛むようで、よくふら付いたり転んだりしていた。
そう、おぼつかない足取りではあったが、確かに二本の足で歩いていたのだ。
それが今はどうだろう。
足があったハズの場所には、重なり合うように敷き詰められた小片があり、キラキラと水滴を反射している。
まるでクリスタルのような輝きだった。
「まさか、夢にまで見たマーメイドにこんな所で会えるなんて」
「っ…」
「もしかして、運命だったのかな、プリンセス」
その美しいヒレに見惚れていると、小さな呟きが聞こえた。
「……んなさい」
「え?」
吐息ほどの声色は、浜に打ち寄せる波の音で消えてしまいそうだった。
聞き間違いかと思い、俯いた顔を覗き込んでみると、リルの瞳には涙が滲んでいた。
「リルちゃん…?」
「ごめんなさい…」
「リルちゃん、声っ!!」
「え?」
「喋れんのか!?」
「あ…」
リルも言われて初めて気付いような顔をしていた。
聞き間違いなんかではない、確かにその唇から声を発していた。
何故、突然喋れるようになったのか。
溺れたショックからだろうか。
理由はよく分からないが、リルは人魚で、声が戻って…
驚きと喜びが同時にやってきたようで、サンジは胸が熱くなった。
しかし、サンジが興奮している一方で、リルは不安そうに呟いた。
「売ら…ないの?」
「え?」
「わたしのこと、売らないの?」
「売るなんて、とんでもねぇ!」
一体どうして“売る”なんて、そんな話になるのか。
サンジが驚いて困惑していると、リルはバツが悪そうに俯いた。
「だって…みんな、わたしのこと見ると、“これは売れる”って…」
その声はどんどんと小さくなり、語尾はほとんど聞こえなかった。
(あぁ、それで…)
変な男に追われていたのは、そのせいか、とサンジはひとり納得した。