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役立たずのお荷物でも、自分の出来る精一杯をやろう。
戦えなくても、船を操れなくても、料理が出来なくても、ケガを治せなくても、何か出来る事を探そう。
立ち止まってオロオロしているよりは、ずっとマシだ。
「もう、いいよ」
そう言うと、サンジはタオルを退けさせた。
髪はまだ半渇きだったけど、サンジは満面の笑みでタバコに火をつけた。
「いーなぁー」
「おれの髪も拭いてくれよー」
その声に振り返ると、チョッパーとルフィが物欲しそうにこちらを見ていた。
二人はまだ甲板に寝転んだまま、びしょ濡れだった。
「てめぇらは自分で拭け」
「そうよ!」
「ナミすわんっ!そーですよねー!」
リルがルフィの髪を拭こうとすると、いつの間にか着替えたナミがやってきていた。
そしてサンジが目をハート型にさせているスキに、ルフィとチョッパーの前に仁王立ちして、至極マジメにこう言った。
「リルはサンジくん専用なんだから」
「ッ…ゲッホ!ゲホッ!」
ナミがルフィたちに“自分で拭きなさい”と言うと、サンジが突然咳き込んだ。
驚いてその顔を覗き込むと、サンジは“なんでもない”と苦笑いをした。
「なんでだよー!いいじゃんかよー!」
「じゃあ、私が拭いてあげましょうか?有料だけど」
「ちぇー」
そのまま成り行きを見守っていたが、結局ルフィもチョッパーも自分で髪を拭いた。
(手伝いたかった…なぁ)
自分の出来る事をしようと決意したばかりだけど、ナミがなんだか恐くて何も出来なかった。
そんな風に、しばらく談笑しながら休憩をしていると、突然ルフィが叫んだ。
「シーモンキーだ!!」
驚いて全員が立ち上がると、唸りあがった海面がすぐそこまで押し寄せていた。
その高波の中には小バカにした様な顔がいくつもあった。
「面舵!急いで!!」
ナミの号令で全員が一気に動きだす。
リルも邪魔にならないようにキッチンへ向かおうとしたが、それよりも第一波がやってくる方が早かった。
「うわー!」
波は船べりを越え、甲板へと流れ込む。
全員、咄嗟に船体へとしがみ付いたが、なにかとドンくさいリルが、そんな機敏な動きが出来るはずもなく…
「っ!?」
波は瞬く間に押し寄せ、小さな身長を優に越える壁がリルを覆った。
「リルちゃんっ!!」
思わず頭を抱えて目を瞑ると、遠くからサンジの声が聞こえた。
さっきまで、すぐそこに居たはずなのに、何故か遠くから声が聞こえて、まるで何かを隔てているようだった。
(なに…っ、どうなって…!)
一瞬のことに訳も分からず縮こまっていたら、突然浮遊感が襲い、慌ててもがいた。
それなのに、何故か体が重く上手く動かない。
波はまるで生き物のように蠢いて、リルの自由を奪った。
(まさか、おち…た)
押さえつけられるような感覚に、恐る恐る目を開けると青い世界にキラキラと輝く光が見えた。
ゴポゴポと気泡が音を立てて上昇していく中で、遠くから何か聞こえた。
――満月の夜に、会える気がしたんだ
遠くに輝く太陽が、いつか見た光に良く似ている気がして目眩を感じた。
(待っ、て…)
段々と息が苦しくなり、うねる波に成す術もなく光が遠ざかっていく。
その輝きの中に、光を纏うような人影が見えた。
その頭上は黄金色に煌めいて、微笑んでいるようにも見える。
なんとか手を伸ばしてみたけど、届くはずもない。
薄れ行く意識の中。
ゆらゆらと揺れる水面に、天使を見た。
2012/09/13