Rachel

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リルは暗闇の中を探るように歩いて、キッチンの小窓を覗き込んだ。
全員が寝静まった夜中、当然だがそこには誰もいない。
いつもだったらサンジが仕込みをしていることも多いが、あいにく今日は既に終えている。

(てゆーか、こんな夜中にどうしたんだ?)

眠れないのだろうか。
それとも、まさか自分に会いに来てくれたのだろうか、などと都合のいいように考えてしまう自分に笑った。

声をかけて、「おれは、ここにいるよ」と教えてあげたい気持ちと、かかとを上げて一生懸命キッチンを覗き込む可愛らしい姿を見ていたい気持ちとが交差する。

(あ、諦めた)

キッチンの中身が真っ暗で無人だと気付くと、リルは踵を返した。
流石にいつまでの覗き見ているのは可哀想だし、何より悪趣味だ。

そろそろ声を掛けようか、とサンジが立ち上がると、リルはそのまま船首楼へと足を向けた。
それは偶然なのだろうけど、まるでそっぽを向かれたような気分になったサンジは、声を掛けるタイミングを失ってしまった。

(てゆーか、なにしてるんだ?)

てっきり部屋へ戻るかと思っていたサンジは、ひとり小首を傾げた。
リルは手摺を掴んで、足を庇うようにそっと階段を上がっていった。
サンジもその後を追うように、静かに見張り台から降りた。

リルは船首のすぐ横まで歩みを進めると、天を仰いだ。
その頭上には光り輝く満月があった。

(きれいだ…)

まるでリルを照らす為に存在するような月と、降り注ぐ光を全身で浴びる小さな後姿。
額に収められた名画のような光景に、サンジはため息を漏らしていた。

「ん?」

月をただ、無言で見つめている。
そう思っていたサンジは、リルが微かに身をすくめたのを見て、不思議に思った。
後姿しか見えないが、手摺から乗り出そうとしているようにも見える。

しかし、彼女の視線は以前として空の彼方。
あの金色の月輪に向かって、何をしようというのか。

サンジは不思議なその光景に、よくわからないまま立ち尽くしていた。
しかし、しばらくしてやっとその異変に気が付いた。

(さけ…んでる?)

月に向かって、声もなく。

力の限り口を広げても、出てくるのは吐息の音ばかり。
肩で息をしながら何度も手摺から身を乗り出す。

そんな痛々しい姿を見ていられなくなって、サンジはリルの元へ跳ねるように駆け寄った。

「リルちゃんっ…!」
「っ!?」

階段を駆け上がると、リルはようやくサンジの存在に気付いたようで、勢いよく振り返った。
その弾みで透明な液体が、スカートがふわりと広がるように飛び散った。
月の光を浴びてキラキラと輝くそれが、何故かスローモーションに見えてサンジは思わず息を呑んだ。

リルは、突然現れたサンジに驚いたようで、大きな目を見開いて肩をすくめた。
その瞳は、先ほど飛び散った雫の名残でしっとりと濡れていた。

「っ…!」
「もう、いいから…」

いったい何がいいんだ。

自分で言っている意味も良くわからないまま、気が付いたらその細い肢体はサンジの腕の中に包まれていた。

結局、声の出ない原因はわからず、精神的なものではないかとチョッパーは言っていた。
もしそうなら、何よりも声を取り戻したいのは彼女ではないのか。
でも、何度も何度も咽や腹に力をこめるリルを、これ以上見ていられなかった。

医者でもない自分が出来ることなど、おそらくないのだろう。
それでも彼女の涙が少しでも零れなくて済むように、サンジはリルを強く強く抱きしめた。


透き通るその純粋な白露よ。
どうか、零れないで。

2012/09/03
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