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リルの背後から近付くと、ロビンが気付いてチラリとサンジを見た。
「休憩にしないかい?」
いつも通り…と心の中で唱えながら声を掛けると、リルが見上げるように振り向いた。
リルはサンジの顔を確認すると、嬉しそうに笑った。
「ウマそうだな〜」
トレイをテーブルの上に置くと、チョッパーから感嘆の声が上がり、更に甘い匂いにつられてルフィが起き上がる。
サンジが無言でキッチンを指差すと、二人は競うように駆け出していった。
「はい、どうぞ」
ブラックコーヒーをロビンに、カフェ・オ・レをリルに渡すと、リルはペンを置いた。
その手元の紙をそっと覗き込んでみると、文字がぎっしりと詰まっている。
以前よりもずっと上手くなったおかげか、リルは少しずつクルーたちにも船にも馴染んできた。
しかし、まだどこか距離のあるようにサンジは感じていた。
折角、文字を覚えたから…と、リルに色々と質問してみたが、曖昧なものが多く色好い答えが返ってきたことはあまりない。
しかも家族は小さい頃に亡くなったという。
でもサンジにとってのゼフのように、親代わりのような人はいなかったのか。
小さな子供が一人で生きていけるハズもない。
どこか心にしこりを残しながらも、サンジはそれ以上聞くことはできなかった。
(帰りたくない…か)
リルが初めて船に乗った時のことを思い出しながら、サンジはクッキーを頬張るリルを見つめた。
サンジの視線に気が付いたリルは、不思議そうに首を傾けながらも口をパクパクと動かした。
「ん?あぁ、美味しい?そりゃー、よかった」
ゆっくりと動く唇に吸い込まれそうになりながらも、サンジがなんとか笑いかけると、リルも嬉しそうにカフェ・オ・レに口をつけた。
筆談も音のない会話にもスッカリ慣れてしまったサンジは、誤魔化すように口の端を吊り上げた。
その夜、サンジは不寝番だった。
明日の仕込みを終えて見張り台へ上ると、綺麗な新円の光がメリー号を照らしていた。
サンジはタバコに火をつけ、ひとつ長い息を吐いた。
「ふぅー…」
それは、ため息だったのだれうか。
肩の力が抜けるのと共に、どっと疲れが押し寄せた。
風に怯えて揺れるさざ波のような瞳に、ほだされたのだろうか。
サンジは初めて出会った時の深い海のような青色を思い出していた。
必死に逃げ惑う姿が放っておけなくて、少しばかり強引に連れ去った。
女の子だから、足を怪我していたから、追われていたから。
何かと理由をつけて、勝手に船に乗せた。
結果的に彼女は一緒に行きたいと自ら頭を下げたが、明らかに逃げるのが目的のようだった。
目的も、素性もしれない。
それでも、健気な姿に心が痛んだのは、同情だったのだろうか。
そうだ、震える手を取ったのは同情かもしれない。
でも、それでもいいじゃないか。
今この胸に、その同情から生まれた新たな想いがあるのなら。
空を見上げると満月に白い煙が掛かって、淡く消えていく。
そのどこか儚い様をじっと見つめていると、自分も消えてしまいそうだ、とサンジは思った。
(って、何ひとりで感傷に浸ってんだ…)
物思いに耽っている自分が可笑しくて、思わず自嘲してしまった。
短くなったタバコを灰皿に押し付けると、密かな物音がした。
誰かいるのかと首だけで甲板を覗いてみると、動く人影が見えた。
(あっ…)
その細く小さい姿に、サンジは無意識の内に膝をついて身を乗り出してしまった。
今まさに思い描いていた人物がそこにいて、まるで心の中を見透かされているようだった。