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時折ほころばせる笑顔や、ふと見せる切なげな横顔。
クルクルと変わる表情は、まるで満ちては欠ける月のよう。
儚いその姿は、いつまでも無垢なまま輝いている。
* dewdrop *
細挽きの粉の中心に湯を細くゆっくりと注ぐと、柔らかくほろ苦い香りが鼻腔を通じて深く心に染みわたる。
湯を吸収した粉は中心部から次第に膨らんでいき、少しすればポタポタと黒い液体が染み出た。
中心から “のの字”を描くようにゆっくりと湯を注ぐと、どんどんムース状に盛り上がっていく。
その様を眺めながら、サンジはカップを3つ用意した。
1つ目にはそのままコーヒーを注ぐ。
ミステリアスな大人の女性にピッタリなブラックコーヒー。
2つ目には砂糖を加えた。
疲れた体には、ほのかな苦味と甘い糖分がいいだろう。
そして3つ目にはミルクをたっぷり注いだ。
まだあどけない可愛らしい舌には、優しいカフェ・オ・レ。
それぞれ好みを考え、飲んでくれた時の顔を思い浮かべる。
(きっと喜んでくれるだろうなぁ…)
そう思っていたのに、
――サンジ君ってリルにはメロリンしないのね
何故か浮かんだのは先日のナミの言葉。
慌てて首を振ったら、うっかり2つ目のカップに砂糖を入れすぎてしまった。
これでは流石に甘すぎる。
サンジは仕方なくもう一つカップを取り出し、砂糖を入れすぎたコーヒーはそのまま自分で一気に飲み干した。
(あめぇ…)
別に甘いものは苦手ではないが、普段コーヒーも紅茶もストレートで飲むサンジの舌には、甘ったるい後味だった。
そんな砂糖の甘さは、サンジの喉を通り抜けて食道や胃、そして胸を焦がす。
先日、停泊した島でナミの指摘を受けてからというものの、サンジは調子が狂って仕方ない。
いや、“リルに出会ってから”が正しいかもしれない。
どんなレディにも優しく紳士的に。
そんな騎士道を掲げてきたサンジにとって、リルはまったくのイレギュラーだった。
もちろん、ナミやロビンと過ごす日々は胸の高鳴りを感じるものだ。
しかしリルと接するときだけは、何故かそれとは違った感覚を覚える。
心臓が飛び出しそうな激しい鼓動ではなく、静かにゆっくりと高揚してくる。
(いつも通りにすりゃーいいんだよ…)
そう自分の心に言い聞かせながら、コーヒーとチョコチップクッキーを持ってキッチンを出た。
船上を見渡すと、中央甲板ではウソップがまた謎の発明品を作っていて、船首楼ではロビンとリルが勉強会をしているようだ。
チョッパーはその横で本を読んでいて、船首ではルフィがグーグーとイビキを掻いていた。
小さなその後姿に胸の高鳴りを感じながらも、ナミの姿が見当たらないな、と後方を仰いでみたら、みかんの手入れをしているナミがいた。
あとの一人は、どうでもいい。
「ナミさん、休憩にしないか?」
毎日ずいぶんと熱心だなぁ、と感心していると、ナミが笑顔でキッチン前へ下りてきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
砂糖を入れなおしたコーヒーを手渡すと、ナミはその場でカップに口をつけた。
「冷めちゃうわよ」
「うっ…」
ニヤニヤしながらサンジの持ったトレイを見つめるナミ。
まさか自分がこんな風に女性にからかわれる日が来ようとは、サンジは夢にも思わなかった。
年上のお姉様に弄ばれたことはあるが。
実は先日からずっとこの調子である。
歩き回って疲れたから、と船に残ったリルを心配すれば、“様子みてくれば?”とニヤニヤされ。
涙目のリルを心配すれば、“お熱いこと”とニヤニヤされ。
(やっぱ、ナミさんには敵わないなぁ…)
クッキーを一つ摘んだナミにシッシッと追い払われて、サンジは船首楼へと向かった。