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まるで彼女は何かに縛られるように苦しんでいる。
その冷たい鎖は、定めというにはとても重すぎる。
彼女が一体何をしたっていうんだ。
* rough justice *
サンジが出ていってから数十分後、島の上空にはいつの間にか暗雲に立ち込めていて、波が高くなっていた。
ナミの怒号でようやく状況を理解した寝坊助たちも加えて、船上には重苦しい空気が流れていた。
「で、アホコックは一人先走ったのか」
「ま、まさか攫われたりしたんじゃ…!」
「その可能性は大いにあるわね」
ウソップのネガティブな発言に、流石のナミも肯定せざるを得なかったようだ。
吹き付ける風の中に冷たい雨がまざっているのを感じると、ナミが嵐になるかもしれない、と呟いた。
ただでさえ広い島で、これ以上天候が悪くなったら捜すのも困難になる。
誰もが最悪の事態も想定して押し黙ると、ルフィの号令が響き渡った。
「よし!皆で捜しに行こう!」
「仕方ねぇなぁ」
「あ、ゾロは留守番してて」
全員が捜索に向かおうと動き出し、普段リルにあまり関心のないゾロでさえ船べりに足を掛けたというのに、突然ナミが水を差した。
確かに留守番は必要だが、それがゾロである必要はあるのだろうか。
むしろ足の速いゾロが捜索に向かった方がいいのでは…
口では面倒臭そうに言っていたゾロも、出鼻を挫かれて不服そうにナミを睨んだ。
「あぁ?なんでだよ」
「だって、探す人数が増えるじゃない」
「あぁん?」
「とりあえず見失ったのは噴水広場だったわよね?」
ああ、なるほど…と思う間もなくナミに問われて、チョッパーは慌てて返事をした。
「え?うん…お、おれも行くよ!」
「チョッパーは疲れてるんでしょ。ロビンも休んでて」
「ごめんなさい」
「おい、ナミ!てめぇ…」
「ルフィ、ウソップ、行くわよ!」
「おう!」
やはり、こういう時のナミな的確だ。
額に青筋を浮かべているゾロを無視して、三人が船を降りようと縄梯子を下したところで、背後から声がした。
「リルは居るか」
聞き覚えのない声に振り返ると、船べりに全身ずぶ濡れの男が立っていた。
海から侵入してきたのだろうか、その水分量は雨に降られた程度ではなく、突然あらわれた不審者に誰もが身構えた。
しかしチョッパーだけは、その男にどこか見覚えがあった。
「あ、あいつ!昨日の!」
そう、確かリルを捜している時に曲がり角でぶつかった男だ。
暗くて顔はよく覚えていなかったが、真っ赤な髪が印象的だったので間違いない。
「どういうこと?」
「え?えっと…」
そう言われてもチョッパーもよく分からなかった。
確かに昨日、姿は見かけたが、男はチョッパーを見るなり固まったまま動かなかった。
無言の男も気になったが、すぐに走り去るリルを追ったので、そのあと男がどうしたのか知らないが、もしかしてリルの知り合いなのだろうか。
そういえば、リルが飛び出してきた路地から男も同じように飛び出してきた。
あれはリルのあとを追っていたのではないだろうか。
そんな風に推測を交えながら、チョッパーが昨夜あったことを説明すると、全員の空気が変わった。
「どういうことだ?」
「やめろ、争う気はない」
ゾロの刀の鍔が鳴ったが、男は手ぶらで構える様子もない。
こちらは全員戦闘態勢だったが、男は本当にその気はないようだ。