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(だ、だいじょうぶ…)
「でも…」
リルは必死に首を振って大丈夫だとアピールしたが、サンジやチョッパーは納得していないようだった。
「顔色もあんまりよくないし…」
「風邪か!?それとも船に酔ったのか?」
「それとも、さっきルフィのヤローに引っ張られたから…!」
「医者ー!!」
「うるさい!具合が悪いと思うんだったら、ゴチャゴチャ騒がないの!」
ナミが一喝して、二人はやっと押し黙った。
「ほら、アンタも休んできなさい。ベッド使っていいから」
ナミの言葉に、リルはコクリと頷いてキッチンを出た。
こんなに心配させてしまって申し訳ない反面、ここから逃げ出す口実にもなる。
そんな風に考えていた自分が浅ましい気がして、リルは急いで女子部屋へ向かおうとした。
しかし、俯きながら歩いていたせいで、前方からやってきた人物にすら気が付かなかった。
「って!」
(っ!?)
硬い何かが肩の辺りにぶつかって、リルはようやくその人物に気付いた。
顔を上げてみると、鋭い眼光がリルを射抜いていた。
(っ…)
「……」
至近距離で睨まれてリルは思わず震え上がったが、ゾロは何も言わなかった。
リルは急いで頭を下げて、その場を後にした。
ゾロは剣士でいつも腰に刀を携えている。
リルが見るときはいつも眉間にシワを寄せていて、声はほとんど聞いたこともない。
リルから近寄っても無言で追い返されてしまう。
彼によく思われていないのをリルもよく解っている。
突然、素性もしれない者が乗船したのだから当然だ。
声のせいでコミュニケーションの上手くいかないリルでは、尚更ゾロとの意思疎通は難しかった。
(でも、色々聞かれるよりは…)
リルは逃げるように女子部屋にあるナミのベッドへ潜り込んだ。
サンジたちは喋れないリルから色々聞き出そうとしたが、文字が上手く書けないのをいいことに、はぐらかしてきた。
でも、いつまでも隠し通せるわけがない。
誰が居るわけでもない部屋で、リルは頭から布団を被った。
その時、微かに物音がしたけど、布団から出る勇気はなかった。
「リルちゃん?」
布団越しに聞こえた声はどこか遠く、優しさを含んでいる。
「大丈夫?チョッパー呼ぼうか?」
その甘い響きに誘われて布団の隙間から覗いてみると、サンジが心配そうに見つめていた。
リルが首を横に振ると、サンジはサイドボードにゆらゆらと湯気の出る皿を置いた。
その中には小さめに切った野菜などがスープでひたひたになっていた。
わざわざ自分のために作ってくれたのだろうと思うと申し訳なかったが、リルはとても食べる気にはなれなかった。
「でも昨日も…あんまり夕飯食ってなかったし」
そういえば、確かに夕飯にはほとんど手をつけられなかった。
流石に何度も残しては怒るだろうかと、チラリと目線だけ上げると、サンジは“あ、”と小さく漏らした。
「もしかして、キライなもん入ってた?」
赤や黄色や緑など色とりどりの野菜を見つめてリルは首を横に振った。
これ以上心配を掛けないように、リルはお腹をポンポンと叩いて見せた。
「お腹いっぱいなのか?」
リルがコクコク頷くと、サンジはスープを持って立ち上がった。
「わかった、じゃあお腹減ったらまた持ってきてあげるから、ゆっくり休みな」
そう言って、サンジは名残惜しそうに部屋を後にした。
それを見てリルはホッと息をついてしまった。
この数日で目まぐるしく環境が変わった。
以前の環境を思えば、とても恵まれているはずだ。
追っ手から逃れられて、島からも抜け出せて。
優しい人たちに囲まれて、楽しく過ごして。
空も海も、こんなにも晴れ渡っているのに。
どうして、わたしだけ濁ってるのかな?
2012/05/27