Rachel

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暗い深海の底で、闇を纏うように潜む者がいる。
薄気味悪い笑みを浮かべ、獲物を狙うように舌なめずりをするその姿は、まるで物の怪のようだった。
人ならざる力を持ったその人物は、いつしか魔女と呼ばれるようになっていた。


* sea serpent *


深海にある里の、更にその奥に、暗い暗い洞窟があった。
その中には錆びれた庵が一つだけあり、ぽつりと小さな光がヒッソリと灯っていた。
その灯りにリルは吸い込まれるように近付いた。

この洞窟は、里から離れていることや、周囲に獰猛な生物が生息していることから、誰も近寄らなかったし、近寄ろうとも思わなかった。
何より幼少の頃から、ここには恐ろしい魔女が住んでいて、悪い子は食べられてしまうと教えられてきた。

もちろん、それは子供だましの戯言だったが、あながち嘘でもなかった。
大人たちの間では、その昔に里の規則を破った者が魔女の元へ送られ、そのあと二度と帰って来なかったと言い伝えられているのだと、祖父とシンが話しているのを盗み聞いたことがあったのだ。
ここは処刑場なのだ。

そんな静かな洞窟を訪れた自分が、これからどうなってしまうのか、想像もつかなかった。
噂通り食べられてしまうのだろうか。
それとも恐ろしい方法で残虐に殺されてしまうのだろうか。

あれほどまでに恐ろしいと脅えていた洞窟で、どこか冷静な自分にリルは違和感を覚えていた。
それは、足掻いたところで結末は変わらないのだと諦めていたからだと、その時はまだ気付いていなかった。

「何か用かい」
「!」

弾かれた様に顔を上げると、そこには真っ黒なローブを身に着けた者がいた。
顔はフードを深くかぶっていて窺えないが、微かに見える口元はシワだらけで、高くも低くもない声はしゃがれていた。
小柄な体のほとんどが黒衣に包まれていたが、老婆であろうことが見て取れた。

「あなたが、魔女…?」
「あぁ、里の奴らはそう呼ぶねぇ」

ならば、彼女が自分を裁いてくれるのか。

ぼんやりと老婆を眺めていると、彼女もリルを吟味するようにジッと見つめた。
罪の重さを量っているのだろうか、老婆は無言でリルを舐め回したあとに、ゆっくりと近付いてきた。

(きっと、もうすぐ全てが終わる…)

そう思って目を閉じると、老婆がすぐ目の前まで迫ってきたと気配で感じた。
どうなろうとも受け入れようと静かに待っていたのに、いつまで経っても何も訪れず、何故か首の後ろにむず痒さを覚えた。
不思議に思って目を開けてみれば、シワシワの手の中に青い石がキラリと光ったのが見えた。

「!」

慌てて顔を上げると、冷たい目で薄らと笑う老婆の顔があった。
その老婆の不気味な笑みに、ようやく恐怖を覚えたが後の祭り。
反射的に後ずさったが石を強く掴まれて阻まれた。

「望みを叶えてやろうか?」
「え?」

突然の問いに困惑していると、老婆は言葉を変えて繰り返した。

「あるだろう?お前の心の中に、真に願う事が」

そう言って老婆はリルの胸の辺りを指差した瞬間、何故かドキリと心臓が高鳴った。

(望み、なんて…)

罪を犯した自分が願う事なんて許されない。
あるとすれば、連れ去られたり殺された仲間が戻ってくることだが、叶うはずもないと知っている。
そう言い聞かせながら、リルは高鳴る鼓動をどうにか落ち着かせようと深呼吸をした。

「そんなもの、ない…」
「嘘をお付きでないよ」

どうして嘘だなどと言えるのだろうか。
老婆の理不尽な物言いに、リルは絞り出すように返した。
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