Rachel

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出会った時に感じた高鳴りも、ずっと夢見ていた輝きも、未知への期待も、すべてが虚しく消えていった。
残ったのは絶望という名の現実だけだった。


* foam off *


美しい人魚の里がまるで地獄のようだった。

建物は見るも無残に破壊され、粉々になった破片が水中を漂っている。
道端には何人もの人魚や魚人が倒れており、その誰もが血を流して動かなくなっていた。

あまりの光景にリルは動くことも出来ずに途方に暮れていると、どこからかか細い声が聞こえた。

「…リル…ッ!」
「シンっ…!」

そこには傷だらけのシンがいて、声と同様に弱々しく震えさせた腕でなんとか起き上がろうとしていた。
リルが慌てて近寄り背に手を添えると、シンはなんとか上半身だけ起こした。

「だ、大丈夫!?」
「あ、あぁ…お前は、怪我はないか…」
「え…あ、うん…」

たった今、里へ帰ったばかりのリルに怪我などあるはずもない。
無傷のリルを見て安心したように顔を綻ばせるシンに後ろめたさを感じた。

「何が…あったの?」
「それは…」

恐る恐る聞いてみると、シンは何故か言葉を濁して言い難そうにした。
どんな恐ろしいことがあったのかと戦々恐々していると、シンは意を決したようだ。

「人間が、攻め入ってきたんだ」
「えっ!?人間が?」

シンの信じられない言葉に、リルは思わずオウム返しにしてしまった。

この里の歴史がどれほどかは分からないが、今までこの里の存在が他に知れたことなんて一度もなかったのだ。
それが、こんなボロボロの状態にさせられるほどになるなんて、一体…

「どうして…」
「リル…お前、里のこと…誰にも言ってないだろうな?」

その言葉に、リルは一瞬息が止まったかと思った。

もちろん里の存在を誰かに気取られるようなことはするはずもないし、する理由もない。
それなに、彼の顔が一瞬だけ頭をよぎったのは何故だろうか。

「な、んで…」
「ハッキリ、言わなくても…お前の言動がヒントになる可能性もある」

シンは理論的で無暗に誰かを疑ったりしないし、確証のないことは口にしない。
そんなシンの言葉は途切れ途切れなのに、真っ直ぐで迷いがなかった。

鋭いシンの眼光はまるでリルを責めているようで、自分が里を抜け出していることがバレているのだと悟った。

「リル…」
「……っ」

言葉を返せずにいると、シンの険しい顔が段々と哀願するような表情へ変わっていった。
悲しげなシンの顔を直視できなくて俯くと、そこへ祖父がやってきた。

「リル…無事だったか…」
「おじいちゃん…!」

祖父も怪我をしたようで、左腕を抑えながらも安心したような表情でリルに近付いてきた。
その後ろには、隣の家の老翁や向かいの家の青年がいた。
気付けば周りには無事だった者たちが自然と集まってきていて、その誰もが傷を負っていた。
建物の様子から全滅してしまったのかと思っていたリルは、例え十数人でも無事だったことに安堵したが、いつの間にか祖父の顔が真剣なものに変わっていた。

「リル、お前今までどこに行っていた?」

窺う様な表情は、シンよりも確証がなく半信半疑なのだろう。
自分を育ててくれた優しい祖父に嘘などつけるはずもなくリルは再び俯いた。

「リル…お前…」
「……っ、ごめんなさい…」

消え入りそうな声に察してくれたらしい祖父は悲しそうにため息をついた。
もちろん、ため息一つで赦されるような事態ではなく、祖父以外の老翁たちはリルの様子に不信感を募らせた。

「どういうことだ?まさか里を抜け出してたのか?」
「そういえば、何故お前は無事だったんだ」
「もしや、お前が人間たちを里に引き入れたのでは…」
「何!?お前の差し金なのか!?」
「ち、ちがっ…」

差し金なんて、とんでもない。
そう否定したいが、老翁たちの激しい攻め立てに言葉が詰まりリルは涙を滲ませた。
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