Rachel

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幸か不幸か、まだこの事実を知っているのは自分だけだ。
誰にも悟られずに、シンがリルを叱って二度と抜け出さないと約束させれば、どうにかなるのではないだろうか。

真っ白だった頭の中には、次第にリルへの説教の言葉ばかりが浮かんできて、里へ辿り着く頃には苛立ちばかりで一杯になっていた。
だから、里の異様な空気や不穏な気配に、直前まで気付きもしなかった。

「な、なんだ、これは…!」

ようやく気付いた時には、どこからか破壊音と悲鳴が響き、崩れ落ちる建物の間を人魚たちが逃げ惑っていた。
その内の一人を、腕を掴んでムリヤリ捕まえた。

「どうした!何があった!?」
「に、人間だ!人間が襲ってきたんだ!」
「なんだって!?」

驚いて辺りを見回すと、大きな潜水艦のようなものが見えた。

もちろん万が一には備えていた。
とは言っても人間には簡単にたどり着けない深海にある里だから、今まで襲撃されたことなどなかった。
見回りをしていても、どうせ危ないことになどならないだろう、と高をくくっていた部分があり、また初めてのことに誰もがパニックになった。

「きゃーっ!!」

ひときわ大きく聞こえた悲鳴に駆けつけると、潜水スーツを身にまとった人間が人魚の腕を掴んで連れ去ろうとしていた。

「やめろ!」

シンは慌てて間に割って入り、人間の顔面を守っているガラス部分に手刀を入れた。
流石に深海の圧力に耐えうるだけのスーツを着ているらしく、大したダメージは与えられなかったが震動が中にまで伝わったのだろう。
人間は蹲って動かなくなった。

「大丈夫か!?」
「え、えぇ…でもお姉ちゃんが…!」

その言葉に振り返ると、腕を拘束された人魚が俵担ぎにされていた。

人魚は人間にとって珍しい生き物で、陸上では高値で取引されると聞いている。

「それが狙いか…っ!」

急いでその姉も助けようと地を蹴った瞬間、シンの左頬を何かが掠めていった。
それが何か確認する間もなく、背後で大きな爆発が起こった。
人間の手には銃のようなものが握られており、それを拘束した人魚に向けた。

「シン!!」
「大丈夫か!?」

爆発音を聞きつけたらしい仲間の魚人が駆け付けたが、シン同様に見たこともない武器に怯んだ。

人間の作る銃は陸上で使用することを主としているので、当然水中では威力は落ちる。
当然、この深海では半減どころの話ではないのだが、目の前にいる人間が持っているものは威力・スピード共にその比ではない。

結局なんの反撃もできないまま、人間はそのまま人魚を連れて潜水艦へ向かっていった。

「くそっ!アイツら変な銃を使いやがって!」
「このままやられっ放しでいられるか!」
「行くぞ!」

いつの間にか、里の男衆が武器を持って集まっていた。
あの武器は厄介だが、水中での機動力は人魚や魚人のがある。
分厚いスーツを着なければ呼吸も出来ないような種族なら、それを少し破るだけでも効果があるはずだ。

そこにいる誰もがそう思ったが、圧倒的に数が違い、予想以上の苦戦を強いられた。
見慣れぬ銃や潜水艦の魚雷に次々と建物は破壊され、女子供が連れ去られていき、応戦していた仲間も一人また一人と倒れていった。

「シンっ!」
「じいさん!大丈夫か!?」
「リルが…リルがおらん!!」

まさか、もう連れ去られて…そう絶望する祖父に、シンは真実を言えないでいた。
シンが里に戻ってからかなりの時間が経過している。
リルも帰ってきている可能性もあったが、まだ陸上にいるかもしれない。

(リル…せめて、まだ戻らないでいてくれ…)

シンはただ、そう祈るしかなかった。


そうして、隠れるように暮らしていた深海の里は、一夜にして壊滅したのであった。

2015/01/06
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