甘い甘い毒


「飲んでみたい!」

些細な事が大きな事件を呼ぶことは多々ある。

「美咲ちゃんにはまだ早いんじゃない?」

ましてやアルコールが絡むとなると予測できない自体に陥る可能性が十二分にある。

「私ももう20歳だ、少しくらいいいだろ」

あの時の自分の考えが甘かったことを、今はただ恨むしかなかった。

「まぁ、20歳になったから法的には飲めるでしょうけど…」
過去、叶にかけられた催眠術によって泥酔状態に近い彼女の姿を見たことがある。
あれが催眠とはいえ、酔えばああなることは想像できる。
でもその限界が訪れる量というものは確かに知らない。
もしかしたら、意外と飲めるのかもしれない。
俺は手にしていた缶ビールを彼女に渡した。
「美咲ちゃんはアルコールとか飲まない方がいいと思うけど?」
缶から漂う独特な臭いに顔をしかめるも、その表情にはいくらかの期待と好奇心。
こっそりと溜め息を一つ落としながら彼女を見つめた。

ゆっくりと缶を傾け一口含む。
途端に口の中に広がったのであろうビールの味に顔を曇らせた彼女の目には心なしかうっすらと涙が浮かんでいる。
彼女はその目をキツく閉じるとぐっと喉を鳴らして飲み込んだ。
「…不味い」
「だから飲まなくていいって言ったのに」
その手に握られたままの缶を取り上げ、二口。
「みんなどうしてそれが飲めるんだ」
もっともだ。
「味わうってのは後から、それこそ馴れてからついてくるもので、最初は酔うために飲むって感じじゃない?」
飲み始めた頃には分からなかった“美味しさ”なんてものを味わいながらまた一口。
「酔うために、かぁ」
「そうそう。でも美咲ちゃんが酔ったらすごく大変だからアルコールは飲まないことをオススメしますよ」
からかうようにかけた言葉に幾らかムッとしたらしい彼女は、事もあろうに俺の手にあった缶を奪い取り、残ったものを全て流し込んだ。
慌てて取り返そうとするもこういうときに限って焦りが体を鈍らせる。
本当になんてこと言ってしまったんだ、俺。
「っ、はぁ…やっぱ不味い」
一気に流し込んだアルコールに少し目眩を感じたのか。
眉根を寄せ涙を滲ませる目は焦点を合わせることに必死なように見えた。
手にされた缶を奪い返し中を覗けば容易に底まで見通せる。
「なんで全部飲むかなぁ…」
俺はソファから立ち上がると、溜め息を一つ吐いてキッチンへ向かった。
彼女はソファに深く沈み、大きく一つ息を吐いていた。

キッチンの奥、ゴミ箱に落とすように捨てた缶はガラリと音を立てた。
その音を遠くで捉えながら食器棚から取り出したグラスに水を注ぎ、それを一気に飲んだ。
それからまた同じグラスにまた水を注ぐと、それを手にぐったりとソファに座る彼女の元へ戻った。
「美咲ちゃん、お水飲んで」
耳まで朱くなった顔に溜め息をまた一つ。
かけた言葉に漸く反応したのかゆっくりと目を開けた彼女は、ぐにゃぐにゃといった表現が当てはまるような笑みを浮かべて抱きついてきた。
慌てて左腕で彼女を抱えると、テーブルに手を伸ばしてグラスを置いた。
「たくみぃ」
…あーぁ。
マズい、これは毒だぞ。
アルコールに侵された甘い甘い毒。
「美咲ちゃん…」
「んー?たくみおこってゆ?」
グリグリと人差し指で眉間を押されるが、今この状況に自分がどんな顔をしているかなんて考えている余裕はない。
毒が身体を少しずつ侵食して、理性を奪おうとしているのに。
「美咲ちゃんこそどうしたの?いつもは抱きついてなんかくれないのに」
子供をあやすように頭を撫でれば、彼女は一転頬を膨らませた。
「そんなことない!いっぱい好きだ!」
おかしな日本語に含まれた素直な感情に、俺までアルコールに飲まれたような気分だ。
「でもドキドキして何も出来ない!お前のせいだ!」
私は怒ってます!なんて言いたげな顔で胸をドンドン叩いて、それはもう遠慮なしにやるもんだから思わず咳き込んだ。
途端に今度は泣きそうな顔で彼女はのぞき込んできた。
「美咲ちゃん、どうしたの?」


朱く染まった頬。
少し浅くなった呼吸。
潤んだ瞳は上目遣い。

…俺は今、試されてるんだ。

ゴクリと息を飲み込むと、彼女の濡れた唇が小さく開いて消え入るような声で呟いた。






「拓海、キスして」






やっぱりたまにはアルコールもいいかも、なんてどこかで考えている自分に笑いながら、彼女をきつく抱き締めてソファに沈んだ。
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