癒香


それはふとした時に感じる安心感。
ちょっとした事で感じる不安。
何かの拍子に零れ落ちる感情。



広い生徒会室に一人。

あとは私も帰宅するだけなのに、どうしてか動けずにいる。
原因は、一粒のキャンディー。
透明のセロハンに包まれたそれは、仕事を片付けている最中に見つけた物だった。
机の上に一粒だけころん、と置かれていたそれを、もし私に宛てて置かれた物だったらどうしようという、たったそれだけの理由。
有難く頂いてしまってもいいのか、と考えている内に、なんだか帰る気がなくなっていき、最終下校時刻までゆっくり過ごしたっていいんじゃないかという甘い考えから、この場を動けずにいる。

左手で飴玉を弄んでみながら、赤く染まった夕焼けを眺めてみる。
今日はバイトも休み、何もせずにゆっくりするだなんて久しぶりかもしれない。

「(…いい、かな?)」

薄くピンクに色づいた飴玉を、口の中へ放り込む。
途端にほんのり甘い、小さな幸せが身体に満ちていく。

「会長が笑ってるのって綺麗」

いきなり聞こえた声に驚き入り口へと顔を向けると、プリントの束を抱えた碓氷が入ってきた。

「コレ、幸村から預かってきたんだけど」
「…なんでお前が」
「会長に会う口実作り」

にっこりと微笑む碓氷に、頭の中では大きな警鐘が鳴る。

広い生徒会室に、碓氷と二人きり。

全身が心臓になったかのように、鼓動の音が大きく響く。
うまく視線を向けられず、きっと不審がられてるはず。


「ねぇ会長」
「な、なんだよ…」
「今日ってバレンタインだよね?」


びくりと肩が揺れたのは、きっと気のせい。
大きい鼓動もきっと、気のせいだ。

「ご主人様にチョコとか…」
「あるわけないだろっ」

思いっきり顔を顰めながら見てみれば、碓氷は私の顔を見て吹き出した。

「なっ、何笑ってんだ!」
「だって…」

思いっきり笑うから、何だかムカついた。
でもだから気付かなかったんだ、伸ばされた腕とか、近付いている距離に。



―ぐいっ

「…っ!!」


気付いたら私は碓氷の腕の中にいて、目の前一杯に碓氷の顔があって。
やっぱり男だから、思い切り抱きしめられてる身体はびくりともしなくて。

「今日だけでいいから、3分だけでいいから、充電させて」

馬鹿だなんて言って抵抗してしまえばいいのに、それすら出来なくて。
心地いいだなんて思ってしまう自分がいたりして。

「痛い」
「緩めたら逃げられそう」
「…痛い」


腕を引かれた勢いで噛み砕いてしまった飴玉が、舌に小さな痛みを与えていて。
痛みで胸が苦しくて、私は静かに目を閉じた。
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