祈りのなきがら 1

ステージの上で煌びやかな衣装に身を包んだアイドルたちが歌って跳ね回る。笑顔を振りまいて、観客に媚びを売って、汗をとめどなく流しながら息を切らして必死に。惨めったらしく。アホ面晒して。

馬鹿みてえだ。

虹色のサイリウムを振り回して歓喜の声をあげる観客たちを冷めた目で眺め、俺はサイリウムの色を白に固定した。1点。カラフルな光の中で俺だけがぽつんと浮いている。
パフォーマンスはまだ終わっていないが、興ざめして俺はその場を去った。背を向ける瞬間、ステージにいる明星と目が合う。きらきらした瞳に弾けるような笑顔。
なんなんだよ、その顔。
瞬発的に反感が浮かぶ。あいつは無性に人を苛立たせる天才だと思う。
客やスタッフを押し抜けるように会場から飛び出すと、ようやく清々しい気持ちになれた。ライブ会場は鬱陶しい上に息苦しい。クソみてえな場所だ。

気持ちが鬱屈する。
人と話すことや人と過ごすことを苦に思ったことは無かったのに、夢ノ咲学院に入ってからこの2年間、何故かずっと息苦しいままだ。
むしゃくしゃして、イライラして、嫌な気持ちが俺の中に降り積もって澱んでいく。思春期だとかただの陳腐な理由なのかもしれない。でも俺には、この夢ノ咲学院が癌や膿の溜まり場のような気がしてならなかった。
責任転嫁だって?うるせえよ。



3年に上がっても俺の毎日は特に変わり映えせず過ぎていく。
前生徒会長の天祥院英智がその財力に物を言わせ、アンサンブルスクエアというご大層なビルディングを立て、学院のアイドル科ユニットは今年度から事務所に所属出来ることになった。
今まではしがないスクールアイドルでしか無かった俺達も、正式なアイドルグループに近付くことになる。俺の所属するユニットは似たもの同士の仲間が多いため、特にやる気も気概もなく惰性でスターメイカープロダクションに入った。そこがいちばん夢ノ咲ユニットが多かったからな。ES計画だとかいう大層な考えがあるだとかないだとか適当な噂話も近頃流れている。

どいつもこいつも高尚に夢だとか希望だとかに目を輝かせて寒気がするよ。

俺は頬杖をついて窓の外を眺めた。雲がゆっくりと形を変えて流れていく。教師の声が上滑りして耳を抜けていった。
同じクラスの明星がこっくりこっくり船を漕いでいた。窓際の列に座っている奴は、窓の方を見ていると嫌でも目に入ってくる。

ライブでの必死で、女にキャーキャー言われるような甘ったるいキメ顔は今は見る影もない。
がくんと首が揺れる度にびくっ!と震え、またこっくりこっくり揺れ始める。はっ、白目向いてやがる。口は半開きで今にも涎が垂れそうだ。
隣の席の衣更が悪戯っぽくにやにや笑って、教師が背中を向けた隙にスマホを撮り出した。間抜けな明星の顔を写して声もなく笑っている。
ウワッ、今涎垂れた。きったねえな。
「ングッ」
衣更がとうとう唇をかんで俯いた。近くの奴らもみんな笑ってる。
くだらねえ……。
青春の1ページとかたわいもない日常みてえなの、臭すぎて見てられなくなるんだよ。

「あははっ、スバルくん、アイドルにあるまじき顔してるよね」
「あ?」
隣の席の遊木が声を潜めて話しかけてきた。
何考えてるんだ。俺は素っ気なく返す。
「どうでもいい」
「うわーん、つれないっ!でもルイ君もちょっと笑ってたよ」
「見てんじゃねえよ」
「なんか今日の授業タイクツだよね。一般教養って眠くなっちゃう」
「…………うぜえ……」
一方的に遊木の話を打ち切ってわざと低い声で吐き捨ててやれば、大して堪えた様子もなく「ごめんねっ!ウザかったよね!」と遊木はやっと前を向いた。
新学期が始まり隣の席になってからやたらと絡まれる。
一体なんなんだ。うぜえ。
俺らみてえなやる気もなく燻ってる連中に興味なんてねえくせに。

TrickStarは俺のイライラカースト最上位に位置している。
2年の頃から明星も鬱陶しかったが、TrickStarが革命に成功してから、明星の仲間の3人とも会話する機会が何故か増えた。
理由が分からない上に、俺には仲良くする気なんて1ミリもねえからイライラしかしない。冷たい態度を取ってもめげないし流されるから、相手するだけ馬鹿らしい。

勝者の余裕なのか哀れみなのか知らねえけど、他人の事情なんか気にしないでズカズカ踏み込んでくるような、好き勝手な振る舞いや無遠慮さ、こいつらのそういう傲慢さが大嫌いだ。


放課後はいつものように第2倉庫に直行する。
「うぃーす」
「お疲れ様ッス」
柄悪く脚を開いてくっちゃべってる面子に「ちす」なんて陽気を装った声を返して合流する。

ここは老朽化が進み、あまり使われない道具が無造作に捨て置かれ、手入れもそうされていないせいで荒れて、人気もない絶妙な場所だ。
普通科の奴らの校舎にそこそこ近いが、埃っぽいからここを使う奴らもそんなに居ない。第2倉庫を使うくらいなら旧校舎に行った方が近いし綺麗だからな。
使うって何に?ははっ、なんだそれ、つまんねえジョーク。
SEXに決まってんだろ?
高校生なんて盛った猿の集団だぜ。それは普通の奴らもアイドルも変わらない。

俺のユニットリーダー、タクミがタバコを取り出した。俺は何も言わず肩を竦める。傷んだ金髪にキツい目元のこいつには、妙に似合ってる。普通の奴なら痛いだけだろうが、何故かこいつには大人びた色気のアクセントになる。
バレたら停学だけど、こいつが吸ってるのは電子タバコだから灰は出ない。ここに人は来ないし煙探知機も作動してない。匂いもそんなに強くないし、タクミは元々香水がきつい。
メインボーカルのタクミが喉をやられたらってまあ思わなくもないが、俺の知ったことじゃない。
それに俺たちのファン層は、スカした俺たちが好きな奴ばっかだしな。ユニットの中でも特にイキってるこいつが吸ってるのは何も意外じゃない。むしろ喜びそうだ。

「もー、タクミさん、オレ電子タバコの匂い嫌いなんスけどお」
ショッキングピンクの髪をサイドハーフコーンロウに編み上げてるこいつは後輩のメロ。本名はちげえけど、そう呼べってうるさいヤツ。
ナルシストで喧しくて生意気な俺たちのパシリ。

ボーカルのタクミ、ビジュアルの俺、パフォーマーのメロ。
それぞれ得意分野が違って、それぞれ適当で楽しく生きるのが好きで、まあまあ居心地のいい奴ら。学院生活ってモラトリアムを惰性で付き合う表面上の仲間だ。

「次の仕事っていーつー、ルイちゃん」
「ちゃん付けんな。……3日後、雑誌のインタビュー」
「あー、オレ取材嫌っス!言いたいことまとまんねーし、センコーはうるせーしっ!」
「俺も。お利口さんのお返事なんてできないよ。なあ?」
「ブチったらもう金ないけど。天祥院もいなくなったし」
「あー」
嫌になるとすぐどっかに放浪するタクミの尻拭いはいつも俺がさせられてきた。先方との交渉は教師で、天祥院が出張ることもあった。
やる気ない奴らなんかほっとけばいいのに、下手にそこそこ人気がある俺らを放置はできなかったんだろう。あとタクミはお坊ちゃんだし。
業界で最悪に近い夢ノ咲ブランドを立て直したいとかなんとかいつか零していた。
無理だろって内心笑っていたけど、それは徐々に達成されつつある。天祥院のエグい改革の時も、TrickStarの革命の時も蚊帳の外でいた俺たちの知らないうちに、中も外も色んなところが変わり始めている。

「自由に答えて金はもらって怒られた方がマシだな」
タバコの煙を吐き出してタクミが笑った。「その方が話題になるし」
「また炎上するな」
「めんどっ。外野のくせにうるせー奴ばっか」
「まー炎上した方楽しいじゃん。ピヨピヨ鳴いてて」
「あはっ!シンラツ!」
いやだりいよ。俺は心の中で言った。
飄々としてて自由人でイカれてるタクミとヘラヘラしてて気分で生きてるノータリンのメロ。芸能界には致命的に向いてないからすぐに失言して炎上する。
そのフォローをするのは俺。

「あと椚からオファー。内容は…あー、なんだっけ、グラビアのオーディション」
「どんなの?」
「色気」
「メロは落ちたな」
「なんでスか!オレ載りたい!雑誌!色気とか男らしーじゃん」
「ガキがなんか言ってら」
「はあ?ルイさんだってツラはいいけど色気はないでしょ!」
「色気ぐらい出せるっつの。顔がいいと何やっても似合うし」
「ナルシうざっ!」

ダラダラ喧嘩腰でくっちゃべって、たまにレッスンして(まあ半分以上サボってるけど)、それでもユニットカラーが好まれるのかそこそこ人気は出る。
俺ら3人とも練習しなくてもある程度はこなせる。
ある程度の実力があれば夢ノ咲ブランドでオファーもそんなに困らない。
遊ぶだけの金は十分稼げるし、いい思いもするし、そこそこ楽しんで飽きたら辞めちまえばいい。アイドルなんか。


*

放課後の日課は繁華街をぶらつくこと。
去年はそのまま歩いてても平気だったが、最近はもう変装しなきゃすぐファンに見つかっちまう。
深くキャップを被って黒マスクで顔を覆う。夢ノ咲のクソだせえ青ブレザーは脱いで、黒シャツに持ってきたジャケットを羽織る。
俺はスタイルも顔もセンスもいいから人目は引くが、この辺は洒落た奴も多いからある程度は溶け込めるだろ。

気に入ってるブティックで新作をチェックし、ショッピングモールも回る。客のファッションも見ながらトレンドをチェックして、脳内でスタイリングするのが俺の趣味。
何もしなくてもイケメンだけど、磨いたらさらにイケメンになる。
これは本心だけど、まあそれは置いといて、ファッションとか考えるのは昔から好きなんだ。

そうやって時間を潰していると、女の甲高い笑い声が響いて、同時にか細い困りきった声も聞こえてきた。
「あ、あの、すみません…写真は禁止されてて…」
聞いたことのある声に思わず振り返ってしまう。どう考えても揉め事だっていうのに、俺は馬鹿か?
「え〜!ダメなの!あたしたちめっちゃファンなんだけど!」
「いいっしょ!?インスタ上げたい!」
「すみません、事務所を通してもらわないと…でもファンでいてもらえるのはすっごく嬉しいです。ありがとうございますっ」
「えっと、サインや握手なら大丈夫なので!応援していただいてありがとうございます!」
「はあ〜〜?こんなに言ってるのにダメなん?ちょっと心せめーんじゃねえの?」
「つーかこのチビ何!?あたしらしのちゃんに話しかけてんの!」
「こいつも夢ノ咲の制服着てるけどもしかしてアイドル?めっちゃ地味じゃん、ウケる。地味キャラみたいな?」
「あ、俺は…」
「とっ、友也くんはぼくと同じユニットのお友達ですっ!地味なんかじゃ……っ!」
「いいよ創。こいつのファンなんですよね?ありがとうございます」
淡い茶髪のガキは困り眉で笑みを浮かべた。見るからに消沈しているとわかる笑顔だったが、女どもは気付かないのか興味が無いのか、けたたましく騒いでいる。

「海のCM見たよ!マジ可愛かった!リアル人魚!」
「夢ノ咲なんでしょ?あたしらアンデ推してたけどこれからはしのちゃんも推してくし〜」
「あ、ありがとうございます……」
グイグイ迫る女たちの勢いに戸惑っているのか、水色頭のガキの声はか細い。それがますます女たちを増長させる。
あの水色頭のガキは知っている。
最近有名なCMに出演して知名度を爆発的に上げたガキだ。明星のお気に入り。
女どものやかましい声に釣られて人目が集まり始めている。ざわめきやひそひそ声も大きくなり始め、騒ぎになるのも時間の問題だろう。

俺は頭を掻きむしりたくなった。
「チッ…うぜえ…」
マスクとキャップを乱雑に剥ぎ取って盛大な舌打ちをかます。キャップで潰されていた黒髪マッシュの形を整えて、テキトーにトップを遊ばせる。女を落とすにはある程度見た目を整えなきゃな。はあ、めんどくせえ。苛立ちを押し殺して俺は奴らのところに仕方なく向かった。

「お前ら、こいつのファンなの?」
後ろから唐突に話しかけると、「はあ?」ふてぶてしく女が振り向いたが、俺の顔を見ると目をぎょっと丸くして、すぐにしおらしい態度になった。
「えっ、まあ、ファンかな?か、可愛いよね」
「へえ、趣味悪」
「はあっ!?」
鼻で笑うと女は一気に気色ばむ。俺はそんな女の肩に馴れ馴れしく腕を回して、もうひとりの女の掌をそっと取った。
「そんな弱々しいガキより、俺のほうがいい男だと思わねえ?」
肩をぐっと引き寄せ、掌に力を込めると、女どもは夢見心地に瞳をとろけさせた。ニヒルに微笑みかけてやれば簡単に頬が上気していく。
「俺にしとけよ。な?」
「うっ、うん……」
「ねえ名前教えて?ヒマならカフェいこーよ」
「ヒマじゃねえよ」
「ええーっ!いいじゃん、ちょっとくらい!」
「あっ、ショッピングしてたの?じゃお店一緒まわろ」
「もう回った」
女どもをテキトーにあしらいつつその場を後にする。ついでにガキどもを振り返って思いっきり睨んでおく。2人はビクッと震えて頭を下げた。
自分のファンぐらい自分でコントロールしろよ。
ほんとだせえ、使えねえ。

「ねえ、名前は!?」
「あー、うるせえ。ルイだよ、ルイ。夢ノ咲でアイドルやってる」
「夢ノ咲!?似合う!カッコいいもん」
「ルイくんか〜名前までイカすね」
「ルイって呼んでい?ユニットは?」
「ライブは?行ってみたい!」

マジでうるせえ。なんで女ってこうも常にキーキー喚くんだろうな。
人もはけたし、笑顔を装いつつこいつらの相手をするのは切り上げることにする。
「好きに呼べよ。特別に許してやる」
頭を撫でて、もうひとりの女は頬を親指の腹で擦る。
「ライブは2週間後。接触イベもやってるから時間あれば来いよ。可愛がってほしいなら…な」

完全にメスの顔になった女どもからパッと体を離し、不満の声をあげる奴らに「続きはまた今度な」と言って背を向ける。
「俺に存分に貢げよ、ベイビーちゃん」
リップサービスに指差しウインクをキメれば背後で甲高い悲鳴が上がった。はは、一丁上がり。これであいつらは俺の女になっただろ。
チョロすぎて笑けてくるぜ。


*


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