15
 夕食が終わり、選手たちのジャージやTシャツなどを抱えてホテルのランドリーで洗濯と乾燥機を回し終えると、ようやくマネとしての仕事が終わる。
 ホテルには大浴場があるが、他人とお風呂に入るのは苦手だ。というか、入ったことがないので、部屋についているシャワーですませる。

 パックをして下着姿でボディミルクを塗っているとガチャッとドアがあいた。目を見開いて驚きに固まる刹那に、宮部が「あー…」と気まずそうな声を上げた。

「ごめんごめん、使ってた?」
「うん…」
「白凪さん、パックとかするんだ。どこの使ってんの」
「ええ…」

 全然ふつうにドアを閉めてほしいんですが…。宮部はなぜか洗面所に入ってきて、興味深そうに刹那が広げている美容用品を勝手に手に取って眺めている。
「お、メラノCCいいって聞くよね。やっぱいい?」
「まぁ最近はこれ使ってるかな。バズってたし」
「うわー、一式持ってきたんだ。重くね?」
「重いけど…ホテルの備え付けのじゃ嫌だから」
「そりゃあたしも嫌だけどさ!」

 ブハッと彼女が吹き出す。彼女は他人どころか何もかもに興味がなくて、いつも一人でいて、部活にもすこぶる興味がない感じだったが、妙なところでフレンドリーで、三軍マネの中では同学年というのもあり一番会話をする子だ。
 いつも唐突に話しかけてきては、飽きてすぐに音楽を聴いているような子だった。
 また、すぐに飽きるだろうと諦めて、刹那はいそいそと服を着る。さっさとどこかに行ってくれないとパックが外せないのに…。

 レギンスを履いたのを見て、「暑くないの?」と信じられないように宮部が尋ねた。
「エアコン効いてるし夏用のだから」
「へー。着圧?」
「うん」
「すご。美意識高。白凪さんってそーゆーのキョーミなさそうなのに」
 悪気はないのかもしれないが、デリカシーはない。薄く微笑んでおく。
「髪乾かしたいんだけどいいかな」
「あーおけ。部屋いるね〜」
 宮部は去っていったが、その言い方に首を傾げる。こんなに話しかけてくるのは珍しいし、もしかして刹那に用でもあったのだろうか。

 パックを外し、美容液と乳液を叩き込んで、髪を乾かす。家ならおしりと胸にも余ったパックの液を染み込ませるところだけど、いつまた人が来るか分からないので、それはやめておいた。
 おしりと胸に塗るのふわぷるになるのでオススメです。
 ベッドに戻ると、あ、と宮部が顔を上げた。刹那は自分のベッドに座って携帯を触ったが、彼女は何も喋らない。用事は気のせいだったのかと思った頃、口を開いた。

「……ねぇ、稲葉さんから何か言われた?」
「何かって?」
「あー…だから、そのー……」
 答えづらそうに眉根を寄せる。刹那はピンときた。もしかして、宮部は稲葉から直接退部勧告……に似た何かをされてしまったのだろうか。彼女はどう見ても普段からやる気というものがまるでなかったし。
「ん〜…マネの目から見てやる気がありそうな選手は誰みたいな話はされたよ」
「それだけ?」
「うん、まぁ…」
「最近稲葉さんに色々話しかけられてるじゃん。あれは?」
「…まぁなんか、二軍に推薦してくれるって…」
「あー、そうなんだ」

 はぁ、と宮部がため息をつく。
「なんかさー、練習に熱意が見られない選手は全国後に部長が辞めさせる可能性があるって言われたんだよね」
「……」
「そんであたしも今のままだと危ないってさ、ハハ。あー、ウザッ」
「……」
「二年もマネやってきてんのに今更?つか、仕事はちゃんとしてるじゃん。熱意がどうのとかって何?」
「……」
「ねぇ、聞いてんの?」
「聞いてるよ」
「じゃあ何か言ってよ」
「厳しいよね」
「他人事すぎ……」
 イラッとした顔をされたが、まぁ他人事だし、返しようがない。なんと返してほしいのかは大体わかっているが、それに合わせてあげようとも思わなかった。
「それで宮部さんはどうしたいの?」
「はぁ?」
「辞めたくないの?」
「そりゃそうでしょ。内申高いって聞いたからダルいの我慢して二年も続けてきたんだから」
「じゃあ、辞めさせられないようにちょっと態度変えてみたら?強制退部なんて幸村くんでもさせられないと思うし、精々が自主退部勧められるくらいだろうし。稲葉先輩もすぐいなくなるんだからさ」
「態度変えるって何?てかなんでどいつもこいつもみんなエラソーなんだよ」
 語尾が吐き捨てるように荒くなる。わたしに八つ当たりすんなよ、と刹那は内心で少しイラッとした。同時に不器用で要領が悪いな、とも。
 部活のスタンスに合わないならさっさと辞めればいいのに、そんなに内申を重視しているんだろうか。成績悪そうだしな。でも、別に高校はエスカレーターで上がるし、今からそんなに内申を気にしている子は少ないのに、宮部を少し意外に感じる。

「なんでそんなに内申気にしてるの?生徒会の総務でもしてみたら?」
「教師受け悪いからムリ。この髪も校則違反だし」
「まぁ、たしかに」
「テニス部だから許されてきただけなんだよね。辞めたら二年がパーになるのもムカつくし。なんで白凪さんは途中で入ってきたのにそんなやる気あんの?」
「やる気……まぁふつうに一軍にいきたいからかな」
「ふーん。ファンなの?」
「ううん。ふつうに、やるからには何事も極めないと気がすまないってだけ」
「へー、いみわかんな」
「ハハ…」
「はーあ……」

 頭痛を耐えるように顔を顰め、天井を眺める。それからしばらく黙って、刹那も何も言わなかった。
「……とにかく、内申ほしいし、辞めたくない。白凪さん稲葉と仲良いなら、なんか口聞いてもらえない?」
 もはや稲葉呼びで少し笑った。
 わざわざ、宮部のために融通を測るほど、刹那と彼女は別に仲が良くない。
 顔を上げて刹那は無言で宮部をジーッと見つめた。
「……まぁ、そんな義理ないか。分かったよ」
 だが宮部はあっさりと引いた。もともと期待していないというより、諦めたという感じだ。
「わざわざそんなことしなくても大丈夫だと思うよ」
「大丈夫じゃないから言ってんじゃん。稲葉ってああ見えて相当いい性格してんの分かんない?」
「いや、分かるけど。さっき言ったけど、稲葉先輩はもういなくなるし、幸村くんは三軍なんかに興味無いじゃん」
「興味無いから危ないんじゃん」
「簡単に辞めさせられそうで?」
「そう」
「幸村くんってそんなに権力ある?三軍のこと気にしてるの、たぶん柳くんくらいしかいないよ。特にマネなんか視界にも入ってない。自主退部促されたときにテキトーに耳障りのいいこと言っといて、あとはやる気がある態度見せてれば平気」
「他人事だからそんな簡単に言えるかもしれねーけど、やる気があるなら最初からこうなってないんだよ」
 開き直った態度と不器用な意見に小さく吹き出すと、宮部がギロッと睨んだ。オレンジの髪が揺れる。

「ふ、ふふっ、ごめん。宮部さんってさ、意外と真面目なんだなって」
「はぁ?」
「だってさ、なにもホントにやる気に満ち溢れながら部活しろって話じゃないじゃん」
「……??はぁ?ごめん、分かんない。やる気ないからやる気出して部活しろって話じゃないの?」
「そうなんだけど、そんなのやる気あるように表面だけ取り繕えばいいじゃんってこと」
「……。どうやってよ」

 彼女って本当に純粋で、不器用で、そしてバカなんだなって刹那は逆に宮部のことが好きになってきた。失礼で物言いもストレートだけど、陰湿ではないし。
「見せかけるのなんか簡単でしょ。特に宮部さんは今最低限しか動いてないわけだし、その宮部さんが〜〜君のタイムが最近伸びてるみたいですとか、ボール運んでる子がいたらあたしがやっとくよとか、〜〜君は自主練に意欲的ですみたいなことをちょっと言ってみたり、日誌に書けば意識が変わったんだなって見てもらえるじゃない?映画版ジャイアン理論だよ」
「……そういうのどうやったら分かんの?練習見てもないのに」
「それは結果を見ればいいよ。スコア表とかタイムとか全部メモに残してあるんだから、適当に流し見て適当なこと言っとけばいいんだよ。スコアつけてるんだから分かるでしょ?1ヶ月前と比べたら絶対記録伸びてる人が誰かしらいるんだから、それをもっともらしく言っとけばいいの」
「……」
 宮部が口を開けて唖然としている。その顔がマヌケでまたくすくす笑った。

「あんたって意外といい性格してんだね……」
「あははっ!」
 刹那は吹き出したが、「そうかな、わかんないけど」ととぼけて見せる。
「白々しいわ。まあでもそれ、採用。あんたもそうやって稲葉に気に入られたの?」
「わたしはちゃんと毎日ノートつけてるから」
「ああ、そこは真面目なんだ。でも……意外……そんな上手いサボり方みたいなアドバイスが来ると思わなかったわ。大人しそうなのにけっこーズカズカ言うし」
「別に大人しくもないよ。自己主張をしないだけ」
「ハハ、なんか分かるわ。てか話しやすいし…ふつうに気に入った。今度どっか行こうよ」
「え?いやだよ」
「はァ!?」
 刹那は即答する。猫をもう完全に捨てていたが、開き直ったのではなく、猫を捨てても大丈夫だろうなとなんとなく感じたからだった。
 ミチカと仲良くし始めた頃のような、直感に似ている……ウマが合うだろうなと確信に似たものを宮部に感じていた。
 だが、仲良くなれる気はしていても、仲良くする気は無い。刹那は正直に答えた。彼女が怒らない気がしていた。

「メリットがないじゃん、宮部さんと仲良くしても」
「ない…けどさ〜…ふつうにムカつくんだが。ホント、いい性格してるよ。アンタ由比と絡んでるのはメリットがあるからなわけ?」
「うん」
「うわ〜…。そんな正直に答えてっけど由比にチクられてもいいの?」
「言わないでしょ、宮部さんは」
「……」
「それに言われても困らないよ。宮部さん、由比さんのこと嫌いだもんね」
「見ててわかんの?」
「分かるよ。それにたぶん、分かってると思うけど、由比さんも宮部さんのこと嫌いだよね」
「多分ね。あたしあいつ嫌いなんだよ。幸村たちの幼馴染か知らないけど妙に調子乗ってるし、あいつ普通に性格わりーだろ。いい子ぶってるってか本気で自分をいい子だと思ってんのがキモい」
「あは、言うね。わたしは由比さんのことあんまり知らないから分からないなー」
「あんたは嫌いじゃないの?」
「わたし?みんな好きだよ。尊敬してるし、仲良くしてもらえてありがたいなって思ってるの。それに、一軍に行きたいしね」

 ニコ!と首を傾けると呆れた視線が投げられた。うんざりと「あっそぉ〜……」と言われ、また刹那は笑った。

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