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金に綺麗も汚いもあるかよ

 SNSのグループチャットが連日賑わっている。サークルのものだった。それに伴って、知らない人から友達追加されてメッセージも送られてくる。
 無視したいけれど、もしかしたら活動で一緒になるかもしれないからあまりつれなくするのも憚られて、てきとうに少し話してはスタンプで会話を終わらせる。

 また、ピコンと通知が来た。
 うんざりしながら携帯をとって、わずかに瞠目した。
 ナミからだった。

『ノートの内容、見た?ロザリーはどれかに参加するの?』

 グルチャの共有ノートには、参加出来るボランティアやイベントの内容が貼られている。活動は週に一度か二度くらいで、編集されることも多いがだいたい一ヶ月ごとの予定が更新されていく。

『バイトとの兼ね合いもあるけど、どれかには。一緒に行く?』
『いいの?助かるわ。やっぱり初回は一人だと参加しにくくて』
『だよね〜。気になるのはある?』

 数分あけて何度かメッセージをやり取りし、お互いの日程や時間が合う活動を探して、児童学習支援ボランティアを選ぶ。
 来週の平日で、時間は夕方から数時間。
 参加の旨はナミの分までわたしが伝えておくことになった。

『本当にありがと!明日お礼渡すわ』
『気にしないで』
『そんなわけにいかないわよ。あとご飯も一緒に食べましょ、用意しとくから。大学じゃなかなか会わないものね』

 そんなメッセージをやり取りし、明日のランチを一緒に取ることになった。大学は広いし、大きくて人が多い。学年も違うからあまり見かけることは少ない。
 サークルの飲み会以来……といっても一週間前ほどだけど、それ以来会っていなかった。
 今は五月。
 まだ入学してそう日が経っていないのに、積極的にサークル活動に参加するナミが、真面目すぎてちょっと引くレベルだ。意識が高いというか。それだけ児童教育に真剣なのかもしれない。
 うちの保育サークルの活動は、基本子供関係や教育支援に関わるボランティアだ。
 一応、教師の道を目指す以上サークルに所属し、去年もそこそこマメに参加していたけれど、わたしの場合ナミよりもずっと真剣度が低いから、やや背筋が伸びる気持ちになる。
 兼部してるファッション関係のインカレの方が参加率はずっと高いし、それよりもバイトに精を出していたし……。
 大学に慣れるのも大変だろうに、サークルまでして、ナミのアクティブさにはやや畏怖のようなものまで湧きそうだった。


 翌日、中庭でナミを待った。円のような広場があり、周囲には大きな木が生えている。その下のベンチで地面に落ちる木漏れ日の影が風で形を変えているのを、なにをするでもなく、ボーッと眺める。
 葉の揺れるさわさわとした音が耳に入ってきた。
 桜はもうほぼ散って、たまにどこからか、はらりと数枚の花びらが風に乗ってふうわり飛んでいく。空が晴れて天気がいい。

「ロザリー!ごめん、待った?ちょっと迷いかけちゃって」
「ううん」
 小走りでナミがやってきた。抜けるように澄み渡る青空と、熟れたみかんのような髪と健康的な肌の色をしたナミは、女の子のわたしでも思わずハッとしてしまうほど陽の下でよく映える。
 スタイルの良さも人目を引く要因だろう。露出がちょっと多く、揺れる胸元もスラッと伸びる足も太陽の光で眩しく輝いている。
 前は飲み会だからとか夜だからじゃなく、いつもこんなに肌を出しているらしい。でも健康的なセクシーさというか、下品な色っぽさを一切感じさせなくて格好良かった。ナミによく似合っている。
「昨日言った通り、お昼をごちそうするわ。ここで座って食べましょ」
「わざわざごめんね?ほんとに気にしないでいいのに…」
「いいのいいの!それに、実は他にも色々話を聞きたかったのよ。代わりと言っちゃあなんだけど、教えてくれる?」
 イタズラっぽくウインクする。猫目が楽しげに光っていた。
 わたしも笑顔を浮かべてうなずく。
 そんなの別に、いつでも話を聞くのに。妙に律儀な子だ。
 ナミが持ってきてくれたのはサンドイッチで、バスケットの中に食べやすく分けられた色とりどりのパンが並べてある。
 ハムエッグと春キャベツ、えびとアボカド、苺フルーツサンド、ツナとチキン……。
 いくつも種類があって、見るだけでよだれが溢れちゃいそう。

「お茶は好き?」
「うん」
「良かった。買ってきたばっかりだから冷えてるわよ」
 ペットボトルのお茶ももらってしまい、ベンチに並んで座る。
 話す拍子に揺れる髪から、みかんのような爽やかな甘さと何かのハーブが混じったような香りがした。香水かしら。前も同じ香りがしたけれど、彼女によく似合っていて、ほんとにみかんが好きなんだぁ、となんだか感心する。
 好きなものが一貫しているというか。
 わたしはファッションとか、メイクとか、香水とか、どんどん新作が出るたびに心がときめいてしまって、お気に入りばっかりが増えていっちゃう。

 サンドイッチを頬張ると、キャベツが柔らかく甘くて、ハムの塩っけや卵のクリーミーさと塩コショウ、マヨネーズのすっぱさ、隠し味のマスタードが少しピリリと効いてとても美味しかった。
「これ、すごく美味しい!もしかしてナミが?」
「まさか!」
 問いかけると、彼女はブンブン手を振ってからりと笑った。そして、イタズラを打ち明けるようにペロッと舌を出した。
「実はこれバラティエのテイクアウトなの」
「テイクアウトもしてるんだ?」
「そうそう、ランチメニューも人気みたいよ」
「でも、あのお店のなら少し値が張るんじゃない?」
 まだバイトも探し中のようだし、わざわざ……と少し申し訳なく思うわたしをよそに、ナミはあっけらかんとしている。
「大丈夫!今日、ロザリーとごはんを食べるから、バラティエでテイクアウトしたいなぁって言ったらサンジくんがサービスしてくれたの♥」
 その、くすくす笑いを含む声にわたしも釣られて忍び笑いをした。
「なるほど。サンジくんならそうよね」
「そういうこと。どうせお金払おうとしても受け取ってくれないしね。ま、助かるけど」
「サンジくんらしいね」
 一緒に笑いながらも、ナミのしたたかさに、ちょっとイメージが変わる。お礼と言いながらお金をかけないでうまく立ち回る計算高さは、しかしまったく嫌な気持ちにならないから不思議だ。
 安くすませた〜って言っているようなものなのに、むしろ快活で気持ちがよくて、今日の空のように爽やかにすら思えた。
 彼女の周りは人が絶えないんだろうな。少し眩しく思う。

「それで話って?」
「履修をちょっと見てほしいのよね。一応取れる科目は全部取ったけど、まだ修正がきくし。あとゼミの話とか」
「1年生でもうゼミを考えてるの?」
 ポカンとしてまじまじと見つめてしまった。たぶん必修の教養ゼミとか基礎ゼミのことじゃなく、もっと専門的な予備ゼミのことだろう。
 ナミは少し照れくさそうに肩を竦めた。
「まぁ、大学に来たからには受けられるものは全部受けたくて。でも自分でも分かってるのよ、その、ちょっと真面目すぎるってね。だから他の子にもあんまり聞けなくて」
「ううん、偉いと思う。でもバイトもしたいんでしょ?体を崩してしまわない?」
「そんなヤワじゃないわ。ロザリーは去年ゼミは取ってた?科目はどんな感じなの?」
「うーん…わたしは高校免許と中学免許に絞ってるから、ナミの希望と合うか分からないけど…。児童教育の方でしょ?」
「そうね、出来れば小学校の免許かなーって」

 美味しいサンドイッチを食べながら、真面目にシラバスやゼミの話。
 真剣に話を聞きながらも、わたしはどこかずーっとポカンとしていた。すごい、大学に入ってほぼ初めての経験かも。
 同級生の子とは、そりゃあ履修を決めるときは多少話したけど、2年目になるとどれを削るとか、単位取得のギリを攻める出席日数とか、どれだけ効率よく簡単に単位を取れるかとか、ちょっと言い方は悪いけど、そういういかに楽ができるかみたいなことばっかりだ。
 ふだん話すことといえばゼミや講義の愚痴や、ファッションや恋の話、新しいお店、クラブや飲み会やマッチングアプリがどうだとか。お手軽で盛り上がりやすい話題がベター。

 ほんとうに努力家なんだな……。
 尊敬と感心が浮かぶ。あと、共感。
 わたしも、自分で言うけどかなり努力家で手を抜かないタイプだと思うから。
 でも少し恥ずかしくもなる。
 教師が夢のナミと違い、わたしは教育学部は親に言われて来ただけだった。
 もちろん一旦は教師になると決めた以上手を抜くつもりはないから、ゼミも取ってるし、色々講義を取ってるけど、やっぱりナミとは熱量が違う。

「そういえばバラティエには顔出してないの?」
 会話が途切れたとき、ふと思い出したようにナミが言った。ふいをつかれ、一瞬ドキリとする。
「ああ、うん。忙しくてなかなか」
「まぁそうよね〜。でもサンジくんが寂しがってたわよ」
「そうなの?」
 どうせいつもの心のこもっていない、本気のリップサービスなんだろうけど、恋する乙女としてはわかっていてもやっぱり嬉しくなってしまう。
 サンジくんとはもっとお近付きになりたいけれど、今は時期を待っているところだった。慎重になりすぎて時期を逃したくはないけれど、再会してすぐがっつくのもいやだ。
 相手がサンジくんならなおさらだ。

「わたしも行きたいんだけどねぇ」
「じゃ、今度サークルの後にでも飲みに行きましょうよ」
「ボランティアのとき?」
「ええ。そんな遅くならないわよね?」
「そうね。その日はたぶん20時すぎには」
「あら、思ったより遅いのね…」

 今度参加するボランティアは、無料の学習塾みたいなもので、ほぼ毎週行われているものだ。
 学習塾と言いつつ、共働きで家に保護者がいない子供や、金銭的理由などで塾などに通えない子供たちの学童のような面も担っている。
 だからけっこう、遅い時間までお手伝いするのだ。

「なるほどね…。詳しいのね、前も参加したの?」
「ええ、何回か。中学生くらいの子供も来るしねぇ」
「中学生かぁ、勉強を教えたりもするんでしょ?私に上手く出来るかしら。友達にちょっと成績の悪い子がいたけど、あんまり力になれなかったのよね。ジッとしてられないし話聞かないしすぐ寝るし逃げるし食べるし騒ぐし走り回るし…だからいつも、ついカッとなっちゃって」

 心なしかしゅん、としたナミに苦笑する。
 どんな友達だよ。

「それ小学校の話?」
「高校」
「相手は小学生…とか?」
「同い年……」
 質問を重ねるたび、ズーーン……と肩に石を乗せられたみたいになっていく。同い年でそれは……やばいな。
「面白い友達だったんだね」
「ぜんっぜん!すーーーっごく大変だったんだから!あいつらに勉強させるの!学校違うのに宿題手伝ってやったり……」
「く、苦労してたんだね」
「そうなのよ!」
 その破天荒な友達を思い出したのか、ナミはちょっと上の方を睨みながら拳を握って、なにやらプリプリ怒っている。
 高校も違うのに面倒を見てあげてたなんて、世話焼きでお人好しだ。しかもあいつ"ら"だから、複数形……。
 もしかしたら、例の幼馴染の子たちなのかもしれない。

「まぁ、みんないい子だから大丈夫だよ。多少やんちゃな子もいるけど、まず勉強をするために来る子ばっかりだから」
「ホント?」
「それに、慣れてる大人の人達がメインでついてくれてるからね。わたし達は基本サポートだよ」
「それならなんとかなりそう」
 ほっと胸を撫で下ろすナミ。
 ほんとにすごいとわたしは思った。
 サークルなんて友達を作りたいとか好きなことを緩くしたいって軽いノリで入るのがふつうだし、ボランティア系になると面接で有利になるかも〜って感じの子が多いのに。

「バイトも迷ってるのよねー。多少きつくても手っ取り早く稼いで貯金したいの。ロザリーは何してるの?」
「わたしはアパレルショップだけど、あんまりお給料はね。個人経営店だし…時給目当てなら夜勤とかじゃない?」
「何があるかしら」
「うーん、居酒屋とかバーとか?」
「掛け持ちするつもりなんだけど、昼でいいのは何かしら」
「昼は難しいかもね…どこも最低賃金に多少色付けたくらいだと思うよ」
「そうよねぇ」

 頬に手を当て、はぁ、とため息をつく横顔には哀愁が漂っている。サンジくんが見たら、多分「憂い顔もなんて色っぽいんだァ〜〜♥」って言いそうな雰囲気。
 ナミは大学生活だけでも忙しいのに、バイト戦士にもなるつもりらしい。
 わたしも人のことあんまり言えないけど、サークルを緩くやってるからこそバイトに力を入れられるのだ。ナミのように全部全力だといずれガタが来るだろう。
「あ」
 丸っこい声を出すと、ナミが「何か思いついた?」と顔を上げた。
「単価が高いのだと家庭教師とか?」
「いいわね!」
 手を叩いてパチンと指を鳴らす。家庭教師なら時間もそんなに拘束されないだろうし、他のバイトする余裕もありそう。
 わたしはしたことがないから、だれか紹介できるツテはなかったが、ナミは手を振った。どうやら、心当たりがいるらしい。

 どうしてそんなにバイト戦士になりたいのか少し興味は引かれるけれど、尋ねるつもりはない。人には人の事情があるものだし、わたしには関係がないことだ。
 あーでも……。
「本当に時給だけで見るんだったら、ガルバとかラウンジとかキャバとかもありだとは思うかなぁ。ナミ、綺麗だもの」
「キャバクラ〜?」
 眉根を寄せる反応に、だよねと苦笑したが、でも彼女はちょっと眉を下げて迷うような顔をした。
「ま、夜はお給料がいいけど…教育学部だし」
「うちの学部にもわりといるよ、夜職の子」
「そーなの?」
 驚いたようにまばたきする。あんまりスレてないんだろうか。こんなに真面目な子だしそうなのかもしれない。
「やってる子多いって聞くねぇ」
「ふぅん……」
 ナミがなぜかチラッとわたしを盗み見たことには気付いたが、知らないフリをした。ロザリーもしてるのかな、の視線なのか、どう思われるかしら、の視線なのかは分からない。
 ま、決めるのはナミだ。

「バイト決まったら教えて。遊びに行くよぅ」
「あ、うん。ロザリーのところは?」
「北口のR-RING(ローリング)ってショップ。わたしがいつも着てるような服の系統が多いから、ナミが気に入るかはどうかなぁ」
「ああ…。たしかに私の好みではないわね。可愛いけど」
「ふふ、だよね」
「でも見に行くわ!今日は付き合ってくれてありがと」
「わたしこそ。またいつでも誘ってよ。ふつうに遊びに行くとかでも」
「うん」

 ナミは「にひっ」とでも効果音がつきそうに無邪気に歯を見せた。こんなに強気で孤高そうな容姿なのに、気取ってないところがいいよね。
 わたし達は手を振って別れた。
 とりあえずしばらくは、真面目で努力家の後輩にゲンメツされないよう、サークルを頑張んなきゃ。

*

 わたしの生活はわりと単調で、ルーチンが出来ている。
 大体講義やゼミが終わり、駅に向かう。午後まで大学があった日はたいてい南口。
 スパイダーズカフェはこの時間閉まっちゃってるから、てきとうなカフェやファミレスで課題や復習をして、軽くごはんを食べる。
 8時半くらいになったら、トイレでメイク直しをして、そのまま繁華街のほうへ。まだ人通りは多い。夜はこれからだ。駅前通りの路地を曲がると、一気に雰囲気が変わる。
 南口は元々飲み屋街で少し治安が悪いけど、路地に入るともっと悪い。というかちょっと薄汚い。
 歓楽街ってかんじ。
 ネオンがピカピカまたたいて、どこもかしこも明るく、笑い声や雑踏、キャッチや飲み屋の声、あらゆる音で溢れ返る。
 このあたりは夜のお店が多くなる。あとホテルも。あ、健全なやつじゃなくてラブがつくやつね。
 でも歓楽街っていっても南口はマシな方だ。
 夜のお店もコンカフェ、ガルバやキャバクラ、ラウンジ、スナック、あとはせいぜいフィリピンパブやおっパブってところ。

 これが東口にいくにつれラブホ街、セクキャバ、ピンサロ、メンエス、リフレ、SMクラブ、イメクラ、ヘルス、ソープetcetc……つまり風俗産業が増えていく。
 あとボーイズバーやメンキャバ、ホストや女風や会員制バー、ゲイバー、クラブやライブハウス、シーシャ、タトゥースタジオ、アフターバーやハプバー……とりあえず随分荒れていて、ある意味で活気がある、夢と欲望の渦巻く区域だった。

 そこよりはマシな南口の雑踏を縫うように泳いでいく。
 だんだん知り合いが増え始め、同伴中の他店の嬢にこっそり手を振ったり、キャッチやボーイに「おはようございま〜す」と会釈して、辿り着いた店。
 そこは夜の街で異質な輝きのようなものを放っている。
 真っ白な砂のような色合いの柱に、薄青、薄紫、薄黄緑といったパステルカラーの貝殻の形をした屋根や装飾、水の柱が屋根から伝い小さな池に落ちてライトアップされている。
 壁には螺鈿"らでん"で細かく装飾され、南の島のような店だった。
 ここは、この辺りでも特に大きな、ショーラウンジ・「マーメイド」だった。そしてわたしのバイト先でもある。

 裏口から入る。女の子たちはぼちぼち揃い始めている。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよ〜」
 もう衣装に着替えたお姉さまたちがニコニコと振り返った。ロッカーからわたしも自分のドレスを取り出し、恥ずかしげもなく服を脱ぐ。
 始めたばっかりの頃は、いくら女の子しかいないといっても、人前で服を脱ぐのがなんだか照れちゃって仕方なかったんだけれど、もうそういうことも慣れた。
 ブラを外して胸を思いっきり寄せてヌーブラをつける。これも最初のうちはつけるのが難しかった。そしてその上からオフショルダーのマーメイドワンピースに着替えた。薄紫色で、ピッタリ体に沿うシルエット。大人っぽくも見えるんだけど、肩から腕にかけてのホワイトのシースルーメッシュネックラインがふわふわとして、甘さと清楚さを醸し出している。
 これは着心地も良くて布もいいもので、少し高かったんだけど、大手アパレルブランド、"クリミナル"の社長がマーメイドと関わりが深いから、かなり捨て値まで値引きして貰えたお気に入りだった。

 他のお姉さまたちも、マーメイドスカートやらシースルーやらパフスリーブやらシフォンワンピースやらオーガンジーやら、どこかエレガントでひらひらした衣装を纏っている。
 この店は名前通り人魚モチーフの服装が定められている。コンカフェみたいにガチガチにコスプレするわけじゃなくて、私服の範囲で緩くだけどね。
 目玉のショーをする時は、人魚のヒレみたいな本格的なドレスを纏って水を使ったダンスを披露するから幻想的で、"マーメイド"はこのあたりでかなり人気だった。

 髪を緩く巻いてサイドに編み込む。そうすれば準備は終わりだ。
 ホールではお姉さまたちがテーブルを拭いたり、おしぼりの準備をしたり、サーバーの準備をしていたのでわたしも手伝った。
 普通のラウンジやキャバではそういう裏方の仕事はボーイがやるものだけれど、ここはママの意向で女の園となっているから、キャストがやるのだ。そこは少しガルバっぽいかもしれない。
 もうすぐ開店になる。
 控え室に戻ると誰かが吸っている煙草の煙が薄くけぶっていた。ふと、鏡の中の緑髪の女の子と目が合う。

「あっ、ロザリーちんおっはよ〜!」
「オアア〜ッ」
「キャアア〜〜〜ッ」

 止める間もなくケイミーがひっくり返った。同時にビリッ!と嫌な音が響く。
「破れちゃったア〜〜〜〜!」
 見事に裂けてしまった黄緑色のシフォンワンピースを見つめて、「びっくりィィィ!」とケイミーが驚愕に目を飛び出させて叫んだ。
「大丈夫?なんで着替えてる途中で動くの…ばかぁ…」
 弱々しくつぶやき、慌てて転んだ彼女を抱き起こすとケロッと笑顔を浮かべて「わ〜ありがとう〜」とニコニコするものだから呆れて緩く笑った。
 ケイミーはとってもドジでちょっとおバカさんなのだ。
「も〜破くの何着目?」
「わかんない…でも大丈夫!今日パッパグのところで新しく買ってきたの!」
 破れたワンピースを履いたままモゾモゾ立ち上がって、ロッカーの中から新品の洋服を取り出し、「じゃ〜ん!」と見せびらかした。

「え!可愛い!」
「えへへへ、でしょ〜?」
 フリルを幾重にも重ねて鱗風にデザインしたピンク色の薄いジャンスカだった。レースの手袋とフリルのヘッドドレスもセットになっている。
 メインは薄ピンクだけど、フリルの先が貝殻みたいに白くなっていて、波の飛沫のようにも見え、膝丈の裾がふわふわひらひら、波のように揺れる。
 まるで人魚姫みたい。
「え〜〜、何これめちゃめちゃ可愛い!え、ほんとに可愛い!」
「ロザリーちん、そんなに気に入ったの?」
「うん!」
 わたしは一目惚れしてめろめろになった。私服には着れないけど、仕事着にとっても良さそう。
「じゃあおそろいにしようよ。ロザリーちんにはブルーグレーが似合うと思うんだ」
「する!」
「じゃ、今度一緒にショッピングに行こ!いつあいてる?」

 予定を確認してメモ帳に遊びに行く日を書き込む。
 そういえば、ふつうに遊びに行くのは久しぶりかもしれない。

 ケイミーは明るい黄緑色の無造作風ショートカットが印象的な子で、わたしがこの店に勤め始めたのもこの子がきっかけだった。
 南口でどう考えても怪しい男たちに薄汚いビルに連れ込まれそうだったから、不審に思って割り込んだのだ。
 男たちはどう見てもガラが悪く、ケイミーも知らない人だと言ってたのに「はっちんがここにいるんだって!」と邪気がなく言われ、男たちにはっちんがどんな人か聞いてみても要領を得なかったので手を引いて走って逃げたのだ。
 絶対あれ、素人モノだと嘯いて無修正AVを裏で売り捌いてる感じでしょ。
 はっちんなんていないと思う、あなたは騙されてたんだよって教えると、「えええ〜〜!!……スッゴイ裏読み」と顎が外れそうなほど驚いていた。可愛い顔立ちを惜しげも無く崩して変顔する変わった子だった。

 その後お礼に飲みに来て!と着いてきたのが"マーメイド"で、ラウンジ嬢なの!?とこっちの顎が外れそうになったものだ。
 なんで夜の世界で生きるラウンジ嬢が他人の悪意にこんなに無頓着に、純真に育ったのか……。

 出会った頃を思い出しながら、ケイミーと"クリミナル"の新作をサイトで見ていると、お客さんが入ってきた音がした。控え室からキャストが「いらっしゃいませ〜!」と声を上げる。
 お客さんと水色髪の綺麗なお姉さまが腕を組んでいる。
「すごい、メロさん今日も同伴だぁ」
「ね、今月NO.1かもね」
 思わず洩れたつぶやきにケイミーがうなずく。葡萄のような目が憧れと尊敬できらきら輝き、他のキャストもヒソヒソ黄色い声を上げている。

 うちの店にナンバー制度はない。
 けど、公表されてないだけで売上を計算する以上人気の順位は出るし、人気上位の5人はマーメイドダンサーズとしてショーのメインに抜擢されるのだ。
 そのセンターが月のNO.1。
 先月はイシリーさんだったけど、今月は変わるかも。
 わたしはナンバー入りしたいという野心はなく、ゆるゆるシフトを組んでいるけど、やっぱりダンサーズのお姉さまたちはみんな美人で、独特の魅力があって憧れちゃう。

 メロさんが荷物を置きに控え室にやってきた。
「ケイミー、着替える間ヘルプに着いてくれる?」
「分かったよ、メロちん!」
「お願いね。好きなドリンク入れていいわよ」
「ありがとう〜」

 ケイミーはこの店で最年少ということもあって、お姉さまたちからすこぶる可愛がられている。愛嬌があるし反応もいいからお客さんにも好かれる。わたしは羨ましくその背中を見送った。
 ヘルプにつきたいというより、メロさんに可愛がられているのがすこし羨ましい。
 だってだって、メロさんはほんとうに綺麗なんだもの。
 マーメイドのキャストはみんなそれぞれ違うタイプの美貌を誇るけれど、メロさん、イシリーさん、ルリスさんが特にわたしの好みだった。
 ぱっちり垂れ目の女の子ってカワイイよね……。
 あと、写真でしか見たことないけれどオーナーの娘だっていうしらほしさんもすっごーーーくタイプだ。

 でも、人を羨むヒマがあったらまず努力!
 そうでしょ?
 甘い考えを振り払って、髪を巻いているメロさんにすすすと近寄ってわたしはニコニコした。
「おはようございます♥メロさん、今日リップの色可愛い〜♥」
「あら、わかる?今日買ってもらったの。ロクサーヌの新色よ」
「あ、ときめきチェリー?」
「そうそう♥」
「メロさんブルベだから淡いピンクが映えるねぇ♥」

 めろめろしながら褒め称え、メロさんも「うふふ♥」と綻ぶようにはにかんだ。はぁ、カワイイ…。ちょっとだけサンジくんの気持ちが分かる。
 わたしはケイミーと仲がいいし、元々ケイミーを助けてこの店を知ったので、お姉さまたちからの印象はいい。
 もちろん、そんなこと関係なくケイミーを助けたし、ケイミーと仲良くするのもケイミーがいい子だからだけど、ケイミーと仲が良くて良かったぁ〜とも思わざるを得ない。
 キャストの人たちは夜職だと思えないくらい根がいい人ばかりだけど、元々このマーメイドは移民や、移民の血を引いた海外系の人たちが集まっているから、ケイミーが間に入ってくれなければ一緒に働いても"身内"として馴染むことは難しかっただろう。

「そういえば今日体入の子が来るらしいの」
「そなの?知ってる子?」
「ううん、ハチちゃんの昔の知り合いの子なんですって」
「ふーん…」
「ロザリーも先輩としてついてあげることになるわね」
「まだ新人気分なのに…」
 半年は夜職基準だともうぜんぜん新人ではないけど、マーメイドは元々人手は足りてるし、あんまり新しく人を取らないからずっと新人って感じがする。
 でもそんなことより……。
「今日はハーフなんだ!髪結ぶのも似合う〜」
「ふふっ、いつも褒めてくれて自信が持てるわ。ロザリーもそのグリッター、海っぽくて素敵」
「気付いてくれたんですかぁ♥」
「もちろん。似合ってるわ」

 ウインクをしてメロさんは立ち上がった。
「頑張ってください♥」
 お客さんのところに戻っていくのを見送って、わたしは「はぁ……」とうっとりしたため息を洩らした。

 お世辞でもメロさんに褒めてもらえてうれしい。
 メロさん、しゅき……♥
 それに、最初は「ロザリーちゃん」呼びだったのに、今は呼び捨てしてくれるのも仲良くなっている気がしてうれしかった。

 よし、仕事がんばろ。
 急激にやる気が沸いてきて、わたしは営業メッセを送り始めた。

*

「ニュ〜、みんなおはよう」
「お、おはようございます…」
「ここがキャストの控え室だ。えーと、ドレスもヒールもレンタルがあるから自由に使ってくれ」
 ボーイのハチさんが控え室にやってきた。
 彼はケイミーの知り合いで、元々たこ焼き屋さんの屋台をやってたらしいけど、今はなぜかボーイをしている。
 なんか昔の脛の傷がうんたらとか……。
 ハチさんはいい人だけど、夜職にはそういう人が多い。
 女の子の姿は身体の大きなハチさんに隠れて見えなかった。
 キャストの女の子たちが興味深げに見守っている。

「体入の子?ハチちゃんのお友達なんでしょ?」
「友達っつーか…」
「……友達じゃないわよ」
 後ろの女の子がボソッと言うと、ハチさんはますます顔を困らせてぺぺぺと汗を飛ばした。
「ニュ…まぁなんていうか、昔馴染みではある。みんなに紹介するよ、ナミっていうんだ」
「まだ働くかは分からないけど、よろしく」

 ハチさんの後ろから前に出て、ぺこっと会釈をした、やや不機嫌そうな女の子は知った子だった。
 目を見張って見つめると、彼女もわたしを見つけて目をまあるくした。
「ナミ!」
「ロザリー!?」
 まさか、ナミがハチさんと知り合いだったなんて。
 立ち上がって彼女に駆け寄り、ぎゅっと抱きつく。
「ここで働くの?びっくりしたよ、ナミが来るなんて」
「こっちのセリフよ!あんたラウンジもやってたの?」
「えへへ、そうなの。半年くらい前からね」
「ニュ〜ッ、ロザリーとナミは友達だったのか!?」
 目をぎょぎょーっとさせて、両手まで顔の横で開いて愛嬌があってひょうきんな仕草で驚きをあらわにするハチさんにクスクス笑う。
「大学が一緒なの!」
「ハチちゃんのお友達なら元々心配してなかったけど、ロザリーとも仲がいいなら早く馴染めそうね」

 着替えなきゃいけないから、ハチさんは心配そうにしながら戻っていく。貸しドレスの中から青いキャミミニワンピを選び、ナミは躊躇いもせず服を脱いだ。
 大きな胸がふわふわ揺れる。すご……。
「仕事もあとで教えてあげるね。お酒の作り方とか席に着いたときの…」
「ありがと。でも大体分かるわ」
 胸とおしりがギリギリ隠れるタイトなワンピに高いヒールを履き、ナミは少し固かった表情を緩めた。
「昔スナックで働いてたのよ。あいつらが運営してるとこでね」
「あいつら?」
「……ハチの仲間」
 眉根を寄せ、まるでその声は吐き捨てるようだった。首を傾げる。ハチと何かあったのかもしれない。スナックを運営してたとかも知らなかった。
 微妙な関係なんだろう。
 わたしはニコッとして、空気を変えるように明るい声を出した。

「でもナミが来てくれて嬉しいよ。このお店時給も高いし、待機も出るし、キャストもいい人ばっかりだよ。ママにはもう会った?」
「マダム・シャーリーって人ね。さっき面接したわ。雰囲気がある人だったわね」
「綺麗な人だよねぇ」

 着替え終えたら、裏で待機してる女の子たちの名前を紹介していく。イシリーさん、セイラさん、ヒラメラさん、アデルさん、メイさん。表に出てるのがメロさん、ケイミー、エンゼさん、アローナさん。
 それからカウンターでドリンクの作り方。おしぼりや灰皿やグラスがしまってある場所。その他もろもろ。
 ナミは覚えが良くて、慣れていて手つきに迷いがなかった。
「わたしより全然先輩だ」
「やめてよ、この店のことは知らないし」
 ついでに空いたグラスを洗っていると、拭いてくれていたナミがぽつりとつぶやく。
「でも…良かったわ。ロザリーが夜やってると思わなかったから」
「人目はちょっと気になるよねぇ」
「そうなのよね…」
「サンジくんたちは知らないの?スナックやってたこと」
「知ってるけど……。もちろんあいつら、軽蔑とかしたりしないけど、心配はかけちゃうからね」
「男の子からしたらねぇ。若いし、変なイメージ持ってたりするものね」
「そうね。それにロザリーにもちょっとどう思われるかって思った部分はあるわ。少し」
「わたし?」
 ナミの横顔を見つめると、少し頬を赤くして眉を釣り上げた。
「だって真面目でしっかり者で、擦れた部分がどこにもないじゃない?まさに清楚って感じだもの」
「ふふ、そう?そんないいイメージ持ってくれてたの?」
「そうよ!生きる世界が違うんだろうなって。だから少し…親近感」
 ナミの言うことはちょっと分かる。
 わたしは着ている服も、住んでいる場所も、今までの学校も、中身も……清楚で恵まれた裕福な家庭の子どもって感じの雰囲気を醸し出している自覚はある。
 生まれた時点で色んなものに恵まれている自覚も。
 実際間違っていないけど……。
 でも、そんなに勝ち組ではないよ。
 きっと、持たざる人からしたら傲慢な意見だから、人には決して言えないけど。

 ピコンと携帯が鳴った。
「もうすぐわたしのお客さんが来るから、ナミ一緒につく?」
「いいの?指名なんでしょ?」
「いいよー、太っ腹なの。でもワガママでプライドが高いから、ディスらないでね」
「分かったわ」
「とりあえず太鼓持ちしてたらご機嫌だから」

 話しているうちにドアベルが鳴り、キャッチの人が「お客様ご来店で〜す」と太い声で案内した。キャストの華やかな「いらっしゃいませ〜」の声も響く。

 白いハンドバッグとおしぼりを持ち、ナミに目配せしてわたしはわざと駆け足で向かっていく。
「ワポルさまぁ♥会いたかったぁ♥」
 胸を押し付けるようにして腕を組むと、目を三日月に細くさせて「まはははー!」と変な笑い声をあげて喜ぶ客……ワポルさま。そう呼ばれるのを好むんだよね。
「チェスさんも来てくれてありがとうございます。さ、こちらに座って。この子はヘルプのナミちゃん、今日が初めてだから優しくしてあげてね…♥」
「ナ、ナミです」
 声が固いのはたぶんわたしのキャラに引いているからだろう。バカヤロウ、媚びる女が好きな客にはとことん媚びてなんぼなのよ!

 おしぼりを渡し、ドリンク作りをナミに任せる。見守ろうと思ったけど、お酒を作る順番も完璧で心配なさそうだ。
 わたしは隣に座ったワポルさまを見上げ、拗ねたように言ってみせる。
「一週間も来てくれないんだもの、ひどいよ。寂しかったぁ」
「まっはっは!そんなに寂しかったのか?おれ様に会えなくて!?」
「当然だよ、ワポルさまは?わたしに会えなくて寂しかった?」
「どうだろうなァ、おれ様は仕事で忙しいし女にもモテるからなァ」
「その通りです、ワポルさまは女性におモテになりあそばせます」
「もぉ〜、なんでそんな意地悪言うの!わたしばっかり好きでバカみたいっ」
「拗ねるな拗ねるな。まっはっはっは、そうかそうか、そんなにおれが好きなのか」

 ぷいっと顔を背けてほっぺたを膨らませれば、長い顎をさらに長くして大声で嬉しそうに体を揺らしている。ナミはわたしを珍獣を観察するような目で見ている。
 部下からも援護射撃を受けて機嫌が良くなった彼はまんまとメニューを開いた。しめしめ。
「せっかく愛しのおれが会いに来てやったんだ、そう拗ねるな。何か開けるか」
「選んでいいの?」
「あァ、好きなのを選べ」
「やったぁ!ワポルさまだいすき♥じゃあね〜エンジェルの水色♥」
「それだけか?」
「うん♥あんまり高いのだと困っちゃうと思うし…」
「……おれ様を舐めてるのか!?」

 可愛く甘えたつもりだったけど、ワポルさまが急にイラついた声を出した。うげーっ、何か怒りの琴線に触れてしまったらしい。
 この人扱いやすいけど、情緒不安定なんだよね。
「ヤ、怒らないで……♥ごめんね、わたし、なにかしちゃった?」
 青い顎の下を猫にしてあげるみたいに撫でてあげると、吊り上がった目元がデレッとした。
「シャンパンは店のアカウントで上げるんじゃないのか?」
「うん、写真あげようと思ってるよぉ」

 それが……?と首を傾げてうながすと、「このおれ様が安酒1本しか出せねェ貧乏人だと思われるだろうが……!」
 えええ……。
 めんどくさっ。プライドが高すぎる。お客さんの顔は別に出ないのに。
 わたしが機嫌を取る前にナミが呆れた口調で言った。
「そんなことで怒ってたの?小さい男ね」

 うわああああああ!!バッバッ……バカ!!!
 わたしは心の中で悲鳴を上げた。

「なんだと!?このおれ様が……小さい……!?」
「この小娘!ワポル様になんという口を!」
「だってそうでしょ?ロザリーはあんた…ワポルさま?が大好きでたまらないから、安いお酒で遠慮してるのに、その気持ちを察してあげられないなんて。そうよね、ロザリー?」
「うん……。あんまり高いのを頼んで、ワガママばっかりだとワポルさまが嫌な気持ちになるかもって思ったの……。だって、わたしばっかり好きだから……」

 そういう流れね!!
 ナミ、ナイスッ。
 名アシストに拳を握りたくなる気持ちを抑え、わたしはうつむいて、悲しげな声を作った。
 流れが変わり、ワポルさまが目をキョトンとさせたかと思えば「まっはっは!まっはっはっは!!」と実に嬉しそうな笑い声を上げて仰け反った。
「お前!まっはっは!!いらぬ気遣いをするんじゃねェ!好きな物を好きなだけ飲みゃいいだろう!」
「さすがワポル様、懐が大きくていらっしゃいます!」
「おれ様の会社がどれだけ潤ってるかお前は舐めているぞ!まっはっは」
「えへへ、さすがワポルさま♥じゃあ、もーっと甘えていいの?」
「何度も同じことを言わせんじゃねェ♥」

 エンジェルが全色テーブルに並ぶ。ブラック、ホワイト、レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンク。
 可愛い箱とビンを並べて動画を撮る。
 他のキャストも呼んでみんなでシャンパンコールをしながら、マイクで「だいだいだ〜いすきなお客様から♥エンジェル全色!いただきましたァ〜!スリー、ツー、ワン、はーい……ポンポンポーン!」
 歓声と笑い声、黄色い声と拍手。
 グラスをカチンカチンと鳴らし、もう笑いが止まらない。
 1本30万〜40万のエンジェルが7本。軽く200万を超えてしまった。
 何のイベントでもないのに最高〜!

「アッハッハッハッハッ!ナミ〜!」
 ワポルさまはほかの女の子を侍らせ、調子に乗ってもうキャストドリンクはドリンクバーだし、さっきからテキーラをボトルで空け、コカボムタワーとかも入れている。
 お姉さまが煽っているから、この調子ならもう何本かシャンパンボトルが開くだろう。他の子にもバックはつくけどわたしの本指名だから……。
 もう笑いがほんとに止まらなくて、酔いと喜びの勢いのままにわたしはナミに抱きついた。
「もぉ〜ほんと、あなたって最高♥だいすき♥」
「うわっ、ちょ、やめてよ」
 嫌がるナミにしなだれかかってほっぺにチュッチュとキスをする。嫌そうに拭われて手を叩いて笑う。
「はー、ほんと、楽しすぎる」
「ずいぶん酔ってるわね…弱いのに大丈夫なの?」
「そんな弱くないよォ。シャンパンが回りやすいだけ。これ烏龍茶だし」
「ならいいけど。てかあのワポルってやつ、ずいぶん金持ってるのね」
「そう〜太客なの。ワポル財閥って知らない?トイショップとかバクバクファクトリーの。そこの社長なのよ」
「え!?ワポメタルとかいう!?」
「そうそう」
「は!?知らないわけないじゃない!」

 元々子供向け玩具で成功した会社だけど、形状記憶超合金ワポメタルを開発したとかで数年で財閥にまで成り上がったワポルさま。
 金を持っていて当然だった。
 もっと煽ったらどんどん金を湯水の如く出してくれるだろう。でもプライドが高いからすぐ不機嫌になって、このあたりの夜の店でも指名が続くことは少ないと聞く。
 すぐ女の子にNG出すしボーイにもNG出すらしい。

「アルマンドブラック入りました〜!!」
「キャア〜!!!アッハッハッハ!!」
 手を叩くのもままならなくて、腹を曲げて爆笑する。やばい100万出た!ほんとにバカ、ほんとにバカ!!
 はーーー。
 ソファに背中を預けてシャンデリアや青のネオンや水槽を仰ぎ見る。最高だわぁ……。今が天下って感じがする。
 こういう瞬間だいすき。
「ワポルさま♥」
「ん?」
「チュッ♥」
「きゃーーっ」
 唇の端っこにキスをしてあげると、キャストたちが色めきたった悲鳴と歓声をあげた。はーーー。いい夜すぎる。
「これからもわたしのこと好きでいてね」

 そして、ずーっとわたしのお財布でいてね♥

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