「オールマイトの授業はどんな感じですか?」
「授業の様子を聞かせてください!」
「生のオールマイトと過ごす感想は!?」
「今年の雄英1年生は例年稀に見る幸運さですが、オールマイトの授業を受け、将来の展望に影響はありましたか?」
NO.1ヒーローを教師として採用してからというもの、雄英は連日マスコミでごった返していた。
「彼は素晴らしいヒーローです…」
刹那は揉みくちゃにされながら毎日同じことを繰り返し、そそくさと逃げるように走り去る。ゲートに阻まれてマスコミが虫のように蠢いていた。
相澤が教室に入り、クラスに静寂が訪れた。
今日は委員長を決めるらしい。
ほぼ全員が競うように手を挙げる中で、刹那は手を宙に彷徨わせた。人を導く柄でもないし、目立ちたくないし、面倒だし、やりたい理由は特になかったがこの空気の中で手を挙げないのも…という消極的な理由からだ。
「静粛にしたまえ!」
飯田が騒々しい空間に一喝した。
「多を牽引する責任重大な仕事だぞ…!やりたい者がやれるものでは無いだろう!周囲からの信頼あってこそ務まる任務…!民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら…それは投票で決めるべき議案!」
「そびえ立ってんじゃねーか!何故発案した!!」
「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらぁ!」
割と言いたい放題言われる飯田に、思ったより口の悪い蛙吹。時間内に決まればなんでも良いという悪い意味で合理的な相澤により、結局委員長決めは投票ですることになった。
刹那は自分に入れる気なんてさらさらなかった。前の席の耳郎もやりたがっていたな、と名前を書こうとしてペンを止める。数秒迷って違う名前を書いた。
「僕3票ー!?」
教室に悲鳴のような叫び声が響き渡る。結果は緑谷3票、八百万2票になった。ガチガチになりながら黒板の前に立つ緑谷を見て意外な人選だと刹那は内心思った。あんまり人の前に立つのは好きじゃなさそうだし、向いていなさそうなのに。
「すまない…!せっかく僕に入れてくれたというのに、期待に応えることが出来なかった…!」
四つん這いになって悔しさにうち震える飯田にクラスの呆れた目が降りかかった。
「自分でいれたんじゃねえのかよ!」
「他に入れたのね…」
「お前もやりたがってたのに…何がしたいんだ飯田…」
「刹那お昼どうする?」
「購買行く…」
「食堂は?」
「人多いし…」
「じゃウチもそうしようかな。教室で食べよ」
2人連れ立って歩く。食堂はクックヒーローランチラッシュの安価で栄養満点の料理を食べられるため、昼休みはいつも激混みだった。
刹那はただでさえ人混みが嫌いなのに今日食堂に行くなんて死んでも嫌だった。静かなところで食事をしたい。
雄英は最高峰だけあって、購買の品揃えも多種多様だ。
耳郎は基本は食堂や購買だが、たまにお弁当を持ってくる。刹那はひとり暮らしなのでいつも食堂か購買だった。料理は出来ないこともないが、上手に作ってくれる人のを食べる方が好きだった。
昼休みも半ばにさしかかるとけたたましいサイレンが鳴り響いた。教室にいた数人かが慌てて立ち上がり教室を見渡す。
「な、なに!?」
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』
無機質な音声が繰り返される。
「セキュリティ3って何!?」
「わかんない…」
怯えるような刹那を見て、耳郎が「先生呼びに…」と立ち上がりかけた。刹那は彼女の手を握って、
「あんまり動き回らない方がいいと思う…」と真っ直ぐ耳郎の目を見ながら告げた。
「え…あ、そうだね…」
「うん…」
何故か何も言えなくなって耳郎は椅子に座り直した。
「屋外に行った方がいいのかな…」
アナウンスはああ言ってたけどどうしようね、と呟きながら、刹那は手の中のおにぎりをはむはむと頬張った。相変わらず眉は下がっていて不安そうだが、行動はずいぶん呑気だった。
耳郎は段々白凪刹那の生態がわかり始めた。
「あんたって割と図太いんだね…」
「騒いだって仕方ないから…」
それもそうだ、と耳郎も昼食を再開する。教室に残っていた尾白や砂藤は、肝の座った女子ふたりを見て呆気に取られた顔をした。男子2人はお互いチラッと視線を合わせると、肩を竦めて昼食を再開し始めた。
避難するつもりが無いわけでないが、腹が空いては戦も出来ぬと落ち着いたのだ。
「屋外へ避難たってどこに行きゃあいいんだろうな」
「とりあえずグラウンドとか?」
「セキュリティ3って結局何なんだろうな」
「突破ってことは侵入者…とか?」
「ハハ、まさか。ここは天下の雄英だぞ?」
「うん、そうだよね…」
男子2人の会話を横目に手早くおにぎりを食べた刹那は立ち上がって、「行こ…」と耳郎を急かした。何ともマイペースな兎だった。
君たちも来たほうがいいよ、の意味を込めて視線を投げると男子も立ち上がり、4人で避難を開始する。
雄英サイトの地図を見て避難経路を確認すると、段々人が賑わい、しまいには蠢き始めた。人の波に流されてやっとのことで外に出る。
他学年担任のヒーローに案内され、刹那はそこから30分以上立ちぼうけを食らった。先輩の話によるとマスコミがゲートを破って侵入したらしい。
警察が到着し、事態はやっと鎮圧化した。
午後の授業も委員長替えやら何やらあり、ドタバタした一日が終わる。
「ねー刹那、あんた誰に入れたの?」
「?」
「委員長投票!刹那0票だったでしょ?」
「ああ…飯田くん…」
「なにっ!?!?」
教室の後ろで緑谷たちと話していた飯田がバビュンと飛んできて刹那は後ずさる。
「ああいや、すまない!盗み聞きをするつもりは…!しかし俺の名前が聞こえたものだから…!」
バッ!と腰を折る飯田に耳郎が「真面目かよ」と突っ込んだ。
「き、君だったのか…!?僕に投票してくれたのは!」
「うん…」
「ありがとう!何故か理由を尋ねても!?僕らには接点がなかっただろう!?」
飯田の勢いに引きつつ刹那は淡々と述べた。
「色々な人に注意してたし…言い方も高圧的じゃなかった…軽視されがちなことを真面目に出来るのは良いことだと思う…」
「白凪くん…!」
ジーーン…と感動を噛み締めた飯田はキリッと顔を上げると、「君の期待に答えられる委員長になると誓おう!」と言い放って、刹那の手を握って握手するとまたバビュンと去っていった。
「何がしたかったんだ…」
「さあ…」
帰り道、校門を通ろうとすると人が集まっていた。立ち入り禁止のテープが貼られ、警察や教師が中で何やら話し合っている。野次馬たちがそれを遠巻きに眺め、刹那も紛れて顔を出すと、ゲートが粉々に崩れているのが見えた。
携帯を開く。
「よくやった」
シンプルなメールが届いていて、刹那はスキップをした。
×